株式会社本田技術研究所(以下、ホンダ)は2015年からFormula One World Championship(以下、F1)に復活した。復活が決定してほぼ同時に今回紹介する解析チームの準備を進めてきたという。
セッションでホンダの取り組みに話題が移ると、最初に登場したのがDavid Hobbs氏。60~70年代にかけてF1のレーシングドライバーとして活躍し、今ではテレビのコメンテーターをしている。またミルウォーキーにて「David Hobbs Honda」というホンダ車販売店を開業しているため、肩書に「カーディーラー」も並んでいる。
「私がレースに参戦していたころは私がデータだった」とHobbs氏は言う。ドライバーが計器を読み取り、記憶し、処理し、判断していたということだ。Hobbs氏の現役時代の途中から計器のデータを記録する機器が搭載されるようになり、「あのコーナーで車体が浮いた」という現象はドライバーの感覚や記憶だけではなく、計器の記録からも裏付けられるように変わった述懐した。
今の車はかなり進化を遂げている。あらゆる部品にセンサーが取り付けられ、ドライバーだけではなくチームがリアルタイムでセンサーの変化を監視できる。ホンダはセンサーデータを解析して故障予測、残燃料予測、レース戦略の立案に役立てている。パワーユニット開発室 マネージャー 主任研究員 名田悟氏がステージで取り組みを説明した。
今回ホンダが導入したIBMのIoT技術はF1のハイブリッドエンジンの分析に使われている。今ではエネルギー回生システムもF1マシンの動力として採用されるようになり、エンジンとエネルギー回生システムを合わせたものが「パワーユニット」と呼ばれている。このパワーユニットで計測するデータは160種類にも及ぶという。1レースあたりに収集するデータ量はおよそ5GBにも及ぶ。
センサーが読み取ったデータはネットワークを通じて栃木県にある「HRD Sakura」のミッションコントロールルーム(およびイギリスにあるマクラーレンにも)に送られ、エンジニアとアナリストがデータを解析する。ピットにいるクルーは解析結果をタブレットなどで閲覧している。なお通信は機密性とスピードを考えて専用回線を利用。解析をレース現場で行わず栃木で行うのは現場にいられるスタッフの人数がレギュレーションで制限されているからだそうだ。
余談ではあるが、収集したデータはホンダとパワーユニット供給先となるマクラーレンだけではなく、レース主催者にも供給する必要があるそうだ。チームラジオも主催者の監視下にあることを考えると、さもありなんというか。
閑話休題。マシンからデータを受信し、ミッションコントロールルームにいるメンバーが解析結果を見るまでの時間を名田氏は「3秒を許容範囲としました」と話す。もちろん早いに越したことはなく、3秒は許容範囲の限界としてホンダがIBMに求めた時間だ。名田氏は「(遅延が)10秒では車が壊れてしまう(判断が遅れれば故障も起こりうる)」と話す。
2015年は初年度だったため、まずはリアルタイムでのデータ収集とマシンのふるまいを監視する体制を整えてきた。2016年からは相関関係を分析するなど、「分析のレベルを高めていきたい」と名田氏は言う。
解析には数理統計など高度な解析技術が必要となる。高度な分析を高速に行うため、今回の解析システムの基盤にはIBMの「IoT for Automotive」を採用。これはIBM (R) WebSphere Application Server、ストリームデータ分析のIBM InfoSphere Streams、ダッシュボードや分析機能を持つIBM Cognos Business Intelligenceなどから構成されている。
現状では担当エンジニアとドライバーのやりとりはチームラジオを通じて行われているものの、近年ではレギュレーションの厳格化が進んでいるという背景がある。将来的にはチームラジオ経由ではなくマシンのECU(エンジンコントロールユニット)などを通じて、必要な情報をドライバーに伝えられるような仕組みも考えているという。
記者との質疑応答で「解析でどのくらい順位を上げたいか」との質問に対して、名田氏は「目指すのは一番です」ときっぱり回答。ほかの順位で満足することはないという強い意志が表れていた。
ホンダは長年F1レースに挑戦し続けている。しかし何度か中断も経験している。近年ならリーマンショック後に経営判断でF1参戦を中断するなどだ。中断を余儀なくされても、また復活を果たすのはやはり社員からのF1参戦意欲によるものなのだろうかとたずねると、名田氏はこう回答してくれた。
「社内でレースをやりたいという気持ちは確かにあります。しかしボトムアップの熱意だけでは会社は動かせません。F1はホンダのアイコンであると認識されたということなのでしょう」