まず、2つの事例を紹介したい。2014年1月、家電見本市「インターナショナルCES」でフォードのジム・ファーリー上級副社長の発言が、おおいに物議を醸した。彼は、「我々はドライバーの法律違反を全て把握している。フォードの自動車にはGPSがついているから、何をしているか知ることができる」という趣旨の発言をしたからだ。彼は「われわれはそのデータを誰にも提供しない」とも付け加えたが、その言葉は先の発言を笑える冗談に変えることはなかった。
もう一つは、2014年7月、フランスのデータ保護機関であるCNILが高級車のリースをしているLOC CAR DREAM社に対して5000ユーロの罰金を科した。これは、同社が顧客に無断で自動車の位置情報を取得し続けており、さらに、顧客が位置情報の取得機能をオフに出来ないことを理由としたものである。
IoTで顕在化する「プライバシーの問題」
これらは、いわゆる「コネクテッドカー」においてプライバシーの問題が顕在化した事例である。「コネクテッドカー」、つまり「つながる車」はインターネット通信が可能な情報通信システムを搭載した自動車を指し、IoT(Internet of Things)の一例といえる。
IoTは今後急速に普及すると予測されており、最近のIoTの例としては、Apple Watchのような時計、Google Glassのような眼鏡がある。さらには、テレビ、エアコン、洗濯機のような家電までもがIoTになろうとしている。つまり、我々を取り囲むありとあらゆるものが、インターネットにつながろうとしている。
このように、世はまさにIoT時代と呼べる状況である。他方では、このようなIoTにおいて、情報に関するプライバシーの問題が顕在化しようとしている。なぜ、IoTの活用が進むにつれて情報に関するプライバシーの問題が顕在化してくるのだろうか。そもそも、情報に関するプライバシーとは何なのか。
この連載においては、このようなIoTとプライバシーに関するそのような根本的な疑問に対して、具体的な事例と法制度面の両方から迫っていきたい。今回は、「情報に関するプライバシーの権利」をテーマに、複雑に思える情報に関するプライバシーの外縁について、誤解を恐れずに、できるだけ簡潔に解説していきたい。
プライバシー問題が複雑な理由
一般に、プライバシーの問題が複雑だと言われるのはなぜだろうか。このような問いに対して、多くの方が「プライバシーの定義が難しいから」と答えるであろう。
ここで、少し、日本におけるプライバシーについて考えてみよう。広辞苑では、プライバシーは「他人の干渉を許さない、各個人の私生活上の自由」と記されている。つまり、プライバシーとは、各個人の私生活上の自由である。その「自由である」と感じる範囲は人それぞれであって、これらは一様に定義することは難しいからであると説明できるだろう。
一方で、法律学における「プライバシーの権利」については、一定の定義が可能であると答えることができるだろう。なぜならば、プライバシーの権利とは、憲法13条の幸福追求権に基づいた概念であると考えられており、プライバシーの権利を侵害された場合には民法上の規定によって損害賠償請求をすることができるからである。
日本の判例においては、このような損害賠償の請求を認めた事例が複数ある。これらの判例はプライバシーの権利を認めた事例であると説明することができるし、プライバシーの権利とはそのような裁判例において認められたものであると定義することもできる。
加えて、積み重ねられてきた判例から、今後の事例においてプライバシーの権利が認められる事例を予測することも可能であるし、将来において、現在までに積み重ねられた判例以上に広い範囲のプライバシーの権利が認められる可能性もある。