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EnterpriseZine(エンタープライズジン)

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著者情報

  • 小幡一郎(オバタイチロウ)

    DBOnline特命記者

     ユーザ企業としてPCやオフコンからコンピュータキャリアはスタートし、メインフレーム・パッケージベンダーそして日本オラクルを経て1995年インサイトテクノロジーを設立。2007年、インサイトテクノロジーから離れ、デンマークのMiracleグループに参加、ミラクル・アジアパシフィックの代表を務める。2011年4月、インサイトテクノロジーに復帰。現在はDBOnlineの記者としての活動も開始。


執筆記事

  • 2015/07/09

    008 RDB:オープンプラットフォームという新しい土壌

     1970年、コッド博士のリレーショナル・モデル論が広がりはじめる頃、コンピューターは産学軍のアメリカが得意とする共同体ビジネスの時代からベンチャーの時代に移っていきます。そんな中で「共同体ビジネスなんて関係ねぇ!」というミニコン時代を切り開いた風雲児が現れます。

  • 2015/06/02

    007 リレーショナル・モデル「産みの親」と「育ての親」

     昨日、ジョン・ナッシュ博士がタクシー事故で亡くなったという訃報が飛び込んできました…。孤高の数学者の人生を描いた映画「ビューティフル・マインド」はナッシュをモデルにしたものです。今回もナッシュと同時代のコッド博士のお話です。

  • 2015/04/28

    006 エニグマ・タイプライターの謎―リレーショナルデータベース誕生の時代背景

     映画『イミテーション・ゲーム』を観てから、ずーっと、ボーっとしています。それほど映画は、素晴らしかった!!!アランチューリングの作ったエニグマ解読マシンは暗号文をかたっぱしから(?)変換しドイツ語の元の文が、単語として文脈として正しいものに行き着いたら自動的に止まる。でも、どうやって「解読できた」と判断するのだろうか?解読したキーをポーランドから持ってきたというエニグマ・タイプライターに入力すると文章として出てくる。その解読するためのキーの構造はどうやって知ったのだろうか?

  • 2015/03/27

    005 エドガー・コッドとフォンノイマン

    イギリス人のコッドは第二次世界大戦後、25歳で渡米します。しばらくはデパートの店員として食い繋ぎ、のちにIBMニューヨークにプログラマーとしての職を得ます。今回は、そんな彼がRDBの父と呼ばれるまでの闘争の歴史を振り返ります。

  • 2015/02/23

    004 エドガー・コッドの「リレーショナル・データ・モデル論」

     今回の連載で取り上げたい、もうひとつのレポートはエドガー・コッドの「A Relational Model of Data for Large Shared Data Banks」です。なんとなくスッと入ってこないタイトルなので、ここでは「リレーショナル・データ・モデル論」と呼ぶことにします。

  • 2015/02/10

    003 特許の達人の足音―EDVAC完成とその後

     フォン・ノイマン49歳。そのころからノイマンは「体調を崩し始めていた」とノイマンをサポートしたゴールドスタインは証言しています。骨肉腫になったのはロスアラモスで放射線を浴びていた?のかもしれません。あまりにも多くを知りすぎた研究者の晩年は軍の医療施設で長い間隔離された状態のままでした。

  • 2014/12/16

    002 計算手からプログラマーの時代へ

     1945年は終戦の年です。そして日本に原爆を落としたアメリカが、次は自分たちが生み出した原爆を落とされる番だというジレンマに怯え出します。そして、実際にソ連は1949年に核実験を成功させてしまいました。そんな時代背景の中、フォンノイマンが中心となって真空管を使った2進数コンピュータが作られた。というのが今回の内容です。

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