DX人材育成を「IT人材育成の延長」と考えるのは誤り
成瀬岳人氏(以下、成瀬氏):2022年7月に『DXレポート 2.2(概要)』を公開してから、本編への期待が大きいようですね。国の政策や支援もさることながら、DXレポートの政策担当官としての和泉さんの意図を考えながら、とても興味深く拝見しました。
和泉憲明氏(以下、和泉氏):個人的には細かいところで突っ込めるところは山ほどあるけれど(笑)、全体的には「日本の現状はこんな感じで、ここが課題」という方向性はつかんでいると思います。成熟度にちょっと難点は残っているけれど、DX推進に関する課題感を改めて明示した意味はあったかなと。
ただ、課題からスキルセットを抽出して「DX人材」を定義することには、多少の違和感があります。あくまで人材はヒューマンリソース(人的資源)であり、世の中がどう変わるのか、DXに貢献する人をどう組織化できるのかという全体感のほうが大切です。だからこそ、「こんな人が必要だ」という話では意味がないと思います。
成瀬氏:2年前から「デジタル人材育成」というテーマで事業を立ち上げていますが、DX/デジタル人材が必ずしもテクノロジーに長けた人ではないと感じています。
和泉氏:そうした課題意識は同じだと思います。大学(情報学部)の教員として教育に携わり、研究所で巨大システム開発のプロジェクトにも関わってきた経験からすると、DXを“ITの延長”、“既存ITの整理が前提”と捉えていることが問題の根っこであると感じています。その理由の一つとして、そもそもプログラマーやエンジニアのスキルセットが正しく認識されていないことが挙げられます。今の日本におけるエンジニア教育は、英語の辞書と文法書を与えただけで「さあ、明日から優秀な通訳として活躍しなさい」と言っているようなもの。文化や歴史を知らずに「話せるだけ」で通訳ができると思っています。そうしたギャップが開発側に生じているように感じますね。そもそも、例文を使って文法を徹底的に学んでいるだけで良い文章を読んだこともない人が、一体どんな文章を書けるのか(翻訳内容を文書化できるのか)という課題が深刻です。
成瀬氏:まさに2022年後半に実施した当社調査[1]でも、そのギャップが明らかに示されていました。デジタル人材育成の手法について、自社でEラーニングを活用するという回答が圧倒的1位でした。一方で現場からは「インプット過剰」といった反応が寄せられています。AIやデータ活用について学んだとしても、それを業務改革に活用できるわけではないですからね。
和泉氏:私はこうした問題を大別して2種類に分けるべきと考えています。一つは、先程話したように、人間とコンピュータの通訳をする際に基礎となるコンピュータアルゴリズムや計算理論を知っているかどうか。もう一つは、プログラミング対象を抽象化するためのモデリングやモデル理論を知っているかどうかです。ビジネスモデルやプロセスモデル、計算モデルなどですね。その両者を知らない人がプログラムを設計したり書いたりしている。これは教養やスキルセットといったレベルであり、根本的な問題だと思います。
そして、育成方法や環境も重要です。自動車教習所のように路上教習とシミュレーターだけを繰り返していれば、高速道路をスイスイと走れるようになるのか。さらに言えば、若い方にはF1レースを典型とするように、世界レベルで競ってほしいと妄想されている一方で、どのような人材を育成したいのかが明らかにできていないために、教材やプロセスが作れない状況に陥っているのです。
[1] 『DX・デジタル人材育成トレンド調査2022』(パーソルプロセス&テクノロジー調べ、2022年12月13日発表のプレスリリースより)