グローバル企業のCHROが関心を持つ3つのトレンド
──今のポジションに就いたきっかけやCPOとして期待されていることに触れつつ、自己紹介をお願いします。
20年以上、人事分野のエンタープライズソフトウェアの仕事に関わってきて、10年近くWorkdayに勤務した後、直近では契約社員管理のソフトウェアを提供するスタートアップを立ち上げ、経営していました。2022年11月にその会社の売却を経て、2023年11月にSAPに入社しました。SAPからは、競合での経験とスタートアップでの経験の両方があることを買われたと考えています。リーダーとして、AI時代に向けて、より多くのイノベーションと変化をSuccessFactorsのビジネスにもたらすことが私のミッションです。
──これまでの経験から、最近の人事を取り巻く環境変化をどのように見ていますか。
人事の環境としては以下の3つのトレンドがあると考えています。1つめはAIの活用です。CHROが長年実現したいと考えていたことが、AIの力を借りることで可能になりつつあります。AIは人事領域に大きな影響を与えると期待されています。2つめはハイブリッドワークのマネジメント。 オフィスとリモートワークを組み合わせた働き方だけでなく、正社員と契約社員のミックスモデルのマネジメントも含まれます。多様な雇用形態に対応した管理手法が求められています。3つめは、社内人材のリスキリングです。 世界的な人材不足の中、外部から採用するよりも、社内の人材を育成することが現実的な選択肢となっています。自社の人材の能力を信じ、教育に投資する姿勢が重要視されています。
──この3つのトレンドはパンデミックの前からなのでしょうか。
確かにパンデミックは変化を後押ししたと思います。ハイブリッドワークのために社内ポリシーを整備する動きは、パンデミックの影響を受けてのものです。もう1つ、生成AIのおかげで10年前にできていたことでもより容易になるなど、技術革新もドライバーです。グローバルのCRHOの関心事もこの2つをドライバーとする3つのトレンドに集約されると考えています。とはいえ、国地域やカルチャーで注目するべきことは違いますから、状況はもっと複雑です。たとえば、日本とドイツの2ヵ国を比較するだけでも、人事が留意するべき規制の内容は異なります。各国の要件に対応しつつ、グローバル企業はより大きな人材プールのマネジメントを考えなくてはならない。どうしても複雑になります。
HR Techに必要なコンプライアンスとエクスペリエンス
──グローバルとリージョンの両方に目配りをしなければならない難しさがあるわけですね。それは、SAP独自で実施した調査結果など、CHROの意識の変化を示すデータからわかることなのでしょうか。
毎年、SAPは世界の人事トレンドに関する調査を実施しています。最新の調査結果「HR Trends 2024」によれば、3つのトレンドだけでなく、人事部門自体のリスキリングが課題となっていることがわかりました。人事部門がリスキリングやAIについての知識を十分に持っていなければ、変化に対応できません。問題意識の高いCHROたちが注目しているのは、戦略的ワークフォースの計画、実行プロセスのマネジメントです。今の社内にどんなスキルが蓄積されているのか、どんなスキルを外部から調達する必要があるのか、あるいは社内でどんなスキルを伸ばすべきなのか。その判断ができるスキルを伸ばすことが人事には求められています。私たちはこの調査結果の他、お客様からのフィードバックを基に製品ロードマップを作成しています。
──長年、人事分野のソフトウェアのビジネスを見てきた立場から、世界のHR Tech市場の変遷を振り返っていただけないでしょうか。
かつての人事のアプリケーション市場は、コンプライアンス対応が中心でした。私が住んでいるカリフォルニア州では特殊な勤怠管理要件があることで知られているのですが、国によって異なる制度に対応するのは大変です。対象は労働法だけでなく、税や社会保険に関する法制度も関係するので、とても複雑な対応が求められます。次に、この市場を変えたのがエクスペリエンス(体験)重視の波でした。この変化を受け、SAP SuccessFactorsも中核機能の給与計算や勤怠管理の提供にとどまらず、パフォーマンス管理から、後継者育成計画、人材育成、オンボーディングまでを包括するスイートに進化しました。
──その背景には、グローバル企業の人事がエクスペリエンス重視にシフトしたことがありそうですね。
いかに優秀な人材を自社に引き付け、定着させるか。そのためには従業員エンゲージメントを高めなくてはなりません。優秀な人材は働きたい会社を自由に選べますから、その人たちのニーズに対応し、従業員エクスペリエンスを高めることが重要になってきたわけです。SAPの場合、社内システムの全てのページを対象に、社員は誰でもプロダクトエンジニアリングチームにフィードバックを送れるようにしています。
──それはSAP製品のエクスペリエンス改善に、フィードバックを利用しているという意味ですか。
たとえば、ある社員がSuccessFactorsの環境でオンライン研修を受けたとします。内容がわかりにくかったり、操作に使いにくいところがあったりした場合、「△△がわかりにくかった」「▲▲が使いにくかった」とフィードバックを送ると、私のチームに共有されるようになっています。また、製品開発では、ペルソナも利用しています。一般社員か、それとも部下が100人いるような管理職かで、システムに求めるものは違います。また、プロのリクルーターか、事業側にいる人事のパートナーかなど、複数の役割を兼務している場合もありますから、それぞれが求めることに対応していかなくてはならないのです。