大量のコンテンツをタイムリーに提供することが難しかった理由
WHOによれば、現在、地球上の約5人に1人が一生のうちにがんを発症すると言われている。また、2024年には、米国における新規のがん患者数が200万人を突破する見通しだ。このような背景から、ファイザーはがん治療薬の開発を加速させている。がん治療に特化したバイオテクノロジー企業Seagenを買収したのもその一環である。今後5年間で、ファイザーは25以上の薬事承認の取得と、革新的ながん治療薬の提供を通して、2030年までに同社の医薬品で治療する患者数を倍増させ、世界中のがん患者に希望をもたらすという高い目標を掲げている。
がんと闘う患者やその家族にとって、一瞬一瞬が大事な時間である。一方で、片頭痛、呼吸器疾患、薬剤耐性、肥満など、他の疾患の苦しみを抱える人々も世界中に何百万人といる。ファイザーにとって、2023年はFDAからの承認が記録的な1年になった。「片頭痛治療のZavzpret、高齢者をRSウイルスから守るAbrysvo、多発性骨髄腫対策のElrefxioなど、9つの化合物が新規承認された他、既存製品の新しい適用に対する承認も多く得られた。ファイザーは、『科学が勝つときは患者が勝つとき』と信じている。また、私たちが成功できるかは、科学への確固としたコミットメントだけでなく、信頼の構築にもかかっている。私は、医療はチームスポーツだと思う」(フォンセカ氏)
これらの画期的な進歩を、医師や疾患で苦しむ患者に知ってもらうには、わかりやすく関連性のあるコンテンツをタイムリーに提供しなければならない。そうなると、用意しなければならないコンテンツの量は膨大なものになる。「何百もの医薬品1つひとつに対して、病気の予防から、検査、治療、治療後のケア選択肢など、健康へのジャーニーにおけるあらゆる段階で、医師、患者、およびその家族に情報を提供するコンテンツを企画している。制作では、140以上の市場を対象に、様々な言語で、Webサイト、メール、アプリなど、複数のチャネルでコミュニケーションを取れるようにしなければならない」とフォンセカ氏は説明した。
ここまで大量のコンテンツを用意しなければならないとなれば、クリエイティブエージェンシーの力を借りなくては難しい。しかし、これまでのファイザーでは、コンテンツ制作の多くを複数のエージェンシーに委託していたことから、コンテンツ資産は外部に分散し、資産を効率的に共有、再利用するためのリポジトリーがない状態であった。
コンテンツサプライチェーンでスーパーボウルの広告キャンペーン成功
ファイザーがアドビをパートナーに選んだのは、この問題を解決しようと考えたためだ。アドビは「Personalization at Scale」と同社が呼ぶ、コンテンツのパーソナライゼーションを大規模かつ効率的に展開できるソリューションを提供する製品群を持っている。ファイザーが着目したのは、コンテンツサプライチェーンの整備である。社内外との非効率的なやり取りを極力減らし、これまでの半分の労力で5倍のコンテンツを低コストで制作することをプロジェクトのゴールに据えて、取り組みに着手した。
その開始からわずか半年で、ファイザーは新しいコンテンツ制作プロセスを3,800 人のマーケターに適用し、80市場を対象にスピーディなコンテンツ展開が可能になった。2024年には、12件以上の新薬のブランドサイトの立ち上げと、オンラインとオフラインを横断する統合マーケティングキャンペーンの展開を計画している。これまでになかった単一のレポジトリーとして、コンテンツサプライチェーンを支えているのがAdobe Experience Managerである。また、Adobe Workfrontをクリエイティブエージェンシーと制作の進捗状況を共有する環境として役立てている。
また、AIを活用したコンテンツのレビューと承認の方法の簡素化を試み、メディカルレビューのサイクルタイムが50%短くなり、マーケターとエージェンシーの共同によるコンテンツ制作のスピードも75%速くなった。フォンセカ氏は「患者が自分の置かれている状況を理解し、治療を開始するのが早ければ早いほど、健康への道のりへの復帰が早くなるから」と、スピードの重要性を強調した。また、生成AIを活用し、医師と患者の家族間の会話のために、より高品質でパーソナライズされたメッセージの作成に役立てていることも明かした。
アドビにとって、ファイザーはドキュメントベースのコンテンツオーサリング機能を使った最初の顧客でもある。この機能を使うことで、マーケターはアドビのブランドサイトを直接更新できるようになった。実際、この機能はスーパーボウルへの広告出稿に貢献したという。毎年2月に行われるNFLの優勝決定戦であるスーパーボウルは、その視聴率の高さからCM放映料は高騰している。ファイザーの出稿は初めてのことで、スーパーボウルの週にキャンペーン動画から獲得した「Let’s Outdo Cancer(がんに打ち勝とう)」サイトのインプレッション数は10億回以上、ビジター数は400万人を超えた。スーパーボウルに出稿した広告は全部で70 を超えたが、その内の11位になった。「新人にしては悪くない結果」とフォンセカ氏は評価した。