1万人以上のユーザーを8人で対応? 社内ヘルプデスクの課題
「一人ひとりの可能性と向き合い、未来が見える世界をつくる。」を企業パーパスに掲げ、就職・転職・進学などの人材サービスやメディア運営などの事業を展開しているマイナビ。同社は2022年、社内の各事業部に散在していたITおよびWebマーケティング関連の組織や人材を集約し、新たに“Drive Digital Innovation (デジタル・イノベーションの推進)” をミッションとする「デジタルテクノロジー戦略本部」を設立した。システムとデータ、人材の全社最適を図りながらデジタル施策を推進し、イノベーションをより加速していくことが目的であり、現在、同本部では様々なデジタル施策が進められている。
その一つとして行ったのが、社員が業務で利用するITデバイスや社内システムに関するユーザーサポートを強化する「ヘルプデスク最適化プロジェクト」だ。同プロジェクト推進の狙いについて、デジタルテクノロジー戦略本部 ITデバイス・サポート部 部長の北島百合氏は次のように説明する。
「近年はヘルプデスクへの問い合わせ件数が大きく増え、内容も複雑化しています。対応人数を強化しているものの問題解決までに社員(以下、ユーザー)を待たせ、業務を止めてしまうことが大きな課題でした。そこで、ITツールを活用してヘルプデスク業務の見直しを図り、この課題を解決していくためにプロジェクトを始動しました」(北島氏)
マイナビでは、近年の事業拡大により社員数が大幅に増加しており、2024年12月時点ではグループ全体で約1万5000人を抱えている。ITデバイス・サポート部は、マイナビグループの中でも主に本社およびグループ会社の一部をサポート対象としており、その数は1万人を超える。また、社員に支給する社用のITデバイスも、Windows端末のほかにiPhoneやMacなど多様化してきているという。
このような状況から、ITデバイス・サポート部の下に属するユーザサポート課が担当するヘルプデスクへの問い合わせは急増。その内容も複雑化していた。また、コロナ禍に時差勤務や在宅ワークが制度化されたことで、定時外にヘルプデスクの支援を必要とする社員が増えるなど、問い合わせを受ける時間帯のニーズも多様化している。
こうした問い合わせに対応すべく、ユーザサポート課ではヘルプデスクを8人で運営し、1日60~70件の電話による問い合わせに応えていた。しかし、電話では担当者が1件ずつ対応するためユーザーを待たせることが多く、電話に出られない放棄呼も少なくなかったという。
なお、マイナビでは最も件数が多く、緊急度の高いPCへのログインに関する問い合わせについては、社外にヘルプデスク業務を委託して24時間365日で対応している。社内ヘルプデスクが担当する領域は、「社内サイトやファイルサーバにアクセスできない」「画面が突然固まった」などのシステムやデバイスに関する質問が主だが、実際には同課で管轄していないシステムの問い合わせも多く寄せられるとユーザサポート課の清柚香子氏は話す。
「『誰に聞けばよいかわからないから、とりあえずヘルプデスクに聞こう』と電話するユーザーが多いようです。その場合も、私たちでわかる部分は回答し、わからない場合は誰に聞けばよいかを調べて答えるようにしているため、対応に多くの時間がかかります」(清氏)
このような状況から、ユーザサポート課では、本来時間を割くべきサポート業務の改善の検討などに十分な時間を確保できない状況が生じていたのだ。
全社員に支給しているiPhoneを問い合わせツールに
これらの課題を背景とするヘルプデスク最適化プロジェクトでは、問い合わせを行うユーザーと、それを受けるユーザサポート課それぞれの視点でゴールを定めた。
まずユーザーに関しては、サービス向上として待ち時間短縮と対応時間の拡大、さらに問い合わせをしなくても自己解決できる手段を提供すること。一方、ユーザサポート課については、処理能力の向上と業務効率化が課題であった。そこで、増加する問い合わせ件数への対応力と対応品質の向上、本来注力すべき仕事に充てる時間の確保を目的に、ITツールを活用したサポート導線の整理といつでも問い合わせ対応ができる体制の整備、サポート対応の自動化を目指すこととした。
ユーザーに対するサービス向上の観点でまず行ったことは、サービス利用端末の選定だ。満足度向上と負担軽減の観点から「使いやすさ」を重視し、全社で標準支給しているiPhoneで問い合わせができる仕組みを構築することにした。
また、マイナビでは従来から電話で問い合わせをするユーザー向けにIVR(自動音声応答システム)を運用していたが、社内外に多くの問い合わせ先があり、正しい窓口にたどり着けないユーザーが多かった。そこで、ユーザーからの問い合わせ導線を可視化。適切な窓口に確実に誘導するためにビジュアルIVRアプリを新たに開発し、それをiPhoneで提供することを決めたという。iPhoneのビジュアルIVRアプリならば、多くのユーザーにとって使いやすく、PCにログインできない場合でも利用できるといった利点もある。
ビジュアルIVRとRPAで問い合わせを“民主化”
ヘルプデスク最適化プロジェクトは、社員の会社制度などに関する質問に答えるFAQチャットボットを開発するプロジェクトと並行して進められた。具体的には、2022年1月より外部コンサルタントの支援を受けて問い合わせ導線の整理を行い、2022年10月よりビジュアルIVRとRPAを組み合わせた問い合わせ対応の自動化に取り組んだ。自動化のフェーズでは、ユーザサポート課でプロジェクトを主導した清氏など2人のメンバーに、ビジュアルIVRアプリからの誘導先となる社内イントラ担当部署の2人が加わった。
導線整理は、外部に委託している業務も含めてヘルプデスクにどのような問い合わせが寄せられているのかを整理することから始めた。最も多い問い合わせは、PCやアプリへのログインに関するものだ。
「『PCにログインするためのUSBキーを紛失した・忘れた』『キー認証がうまくいかない』『メールアプリなどが定期的に行うデバイス認証でロックされてしまった』など問い合わせの内容は様々です。一方で、こうした問題を解決するための手順は定型的であり、ある程度決まった手順を踏めばどのユーザーの問題も解決に導けます」(清氏)
問い合わせ件数が多く、業務への影響も大きく、かつ有人によるサポートが不要で定型的な手順で解決できるトラブルについてはRPAを用いて応対を自動化。ユーザーは、ビジュアルIVR内に用意された申請フォームに問い合わせ内容を記入して送信すると、RPAによって自動的にシステム画面が操作され、問題を解消できる仕組みだ。これにより、ユーザーがリアルタイムに問題を自己解決できるフロー構築を実現した。なお、ビジュアルIVRツールは「社内でコンテンツを編集でき、なおかつ簡単に扱えるもの」という要件のもとで選定している。
問い合わせの導線にはシステム担当以外の部署も多く関与する。特にシステムに詳しくない社員が各部署の管轄する問い合わせ対応を担当することもあるため、HTMLなどITの専門知識や画像のサイズなどを意識しなくても扱える必要があった。加えて、「誰でも手軽に扱えるツールなら、情報の更新頻度が上がるだろうとの期待もありました」と清氏は話す。
また、ビジュアルIVRアプリの開発はSIerに委託し、コーポレートカラーを用いてユーザーの導線がシンプルかつ分かりやすいユーザーインタフェース(UI)の設計を心掛けた。
「基本的なフローは以前から利用していたIVRを踏襲しつつ、ユーザーを迷わせないよう手短でわかりやすい言葉を使い、テンポ良く短時間で課題解決に至れるよう画面を設計してもらいました」(北島氏)
トラブルの解決が大きなチャンスに? アプリを使ってもらうための工夫
ビジュアルIVRアプリを活用した新ヘルプデスクの運用は2023年10月より開始し、アプリの利用を促進するために様々な広報活動も行っていった。
まず社内ポータルに告知を掲載し、ビジュアルIVRアプリで何ができるのかを案内。また、ビジュアルIVRアプリに親しみをもってもらうために、多くのユーザーが遭遇するトラブルシチュエーションをマンガにして社内ポータルに掲載した。新入社員向けに配布するPCのセットアップガイドにも新ヘルプデスクの案内を入れたほか、「電話で問い合わせしてきたユーザーに対して、応対の最後に『こんなアプリを作り、こんなメリットがあるので、次回から活用してください』と案内しました」と清氏は振り返る。
電話対応を中心にした従来のヘルプデスクの評判が良かったこともあり、はじめのうちはビジュアルIVRアプリの存在を知りながらも、電話で問い合わせてくるユーザーが多かったという。しかし、全社的に発生したトラブルの解決にビジュアルIVRアプリが大きく役立ったことから認知度と評価が高まり、以降はアプリを使った問い合わせが増えていったという。北島氏は、「今後ある程度アプリの利用率が増えてきたら、ビジュアルIVRアプリで自己解決できるトラブルについては電話で問い合わせが来た場合もそちらに流していくことを検討したいです」と話す。
有人での問い合わせを年間35%自動化
こうして新しいヘルプデスクの運用を開始したことで、ユーザーの利便性が大きく向上したことに加えて、サポート負担も大幅に軽減されたという。
たとえば、導入前の1年間のうち、電話での問い合わせ件数は6,562件(月平均547件)だったのに対し、導入後の1年間の入電件数は5,509件(月平均459件)と17%減少した。オペレーターに余裕ができたことで電話対応までの待ち時間が減り、繁忙時間などに電話に出られない放棄呼も1,070件(月平均89件)から801件(月平均67件)と16%減少している。
ビジュアルIVRによる問い合わせ導線の再構築の効果も見え始めた。PC周りの相談事や各種ツールの使い方など、ユーザサポート課による有人対応が必要な問い合わせの件数は1,706件(月平均142件)から1,119件(月平均93件)となり、35%の問い合わせを応対自動化のフローへ移行。自己解決できる問題は無人で解決できる仕組みを整えたことで、有人での問い合わせ内容も変わってきているのだ。
「以前は朝の時間帯なら『PCにログインできない』という相談が圧倒的に多かったのですが、最近は『PCの電源が入らない』など、ヒアリングが必要で対応に時間がかかる複雑な問い合わせが大半となりました。本来対応すべき問い合わせにかけるための時間が取れるようになったことで、アプリの効果を感じています」(清氏)
「業務を止めない」ことでITのホスピタリティを
前述のように、ヘルプデスク最適化はデジタルテクノロジー戦略本部における様々なプロジェクトの一つとして立ち上げたものであり、その背後には各プロジェクトで導入したツールで有用なものは横展開しようとの狙いもある。実際に同プロジェクトで構築したアプリの有効性が確認されたことから、今後はチャットボットFAQプロジェクトでも導線整理のアプローチやビジュアルIVRツールを活用することを検討している。
一方、ヘルプデスク最適化プロジェクトに関しては今後もやるべきことが多くあると北島氏。現在はヘルプデスク業務のアセスメント調査で「ただちに改善に着手すべき」と提言されたタスクがやっと完了し、成果が見え始めた段階だ。他のタスクについては未着手であり、それらがヘルプデスク業務全体の品質や効率性を大きく左右するという。
「10年以上前からずっと同じやり方をしてきたヘルプデスク業務をどう改善して発展させていくか、最終的にどのような形にするのがベストか検討し、“グランドデザイン”として戦略的ロードマップの策定や短中長期の目標設定、アクションプランの作成などを進めていきます」(北島氏)
また、ITツールなどの様々な手段を的確に導入して運用に落とし込む“タスクフォース”と、それらの手段を業務に組み込む導入計画(トレーニング、ドキュメント作成、告知)の作成、および導入後の安定運用/維持管理を行う“オペレーション移行”についても検討が不可欠だ。マイナビは先頃、これらを3本柱にしたヘルプデスク業務の再編に向けてプロジェクトを再始動している。
北島氏や清氏が最終的なゴールとして描いているものは、すべてのプロセスやツールがシームレスに連携した最適なユーザーサポートの実現だ。それに向けて、今後も社内で動いている他のプロジェクトと連携しながら取り組みを進めていくという。
「ヘルプデスク最適化をはじめ、今デジタルテクノロジー戦略本部内で動いている全プロジェクトのメンバーの念頭にあるのは『業務を止めない』こと。ユーザーである社員が業務を止めずスムーズに仕事をできる環境を作ることが私たちの役割であり、今後も様々なデジタルツールを駆使してユーザーサポートの最適化に努めていきたいです」(北島氏)