地銀戦国時代、20年前の“殿様商売”のままでは生き残れない
常陽銀行は「長期ビジョン2030」において、DX戦略を5つの重要課題の1つに位置づけている。DXの役割は大きく3つだ。
1つ目は伝統的な銀行業務の革新。煩雑な業務をデジタル化し、顧客と行員双方を煩わしさから解放することが目的だ。2つ目はデジタルチャネルによる顧客接点の拡大。「窓口だけだった時代は、お客さまがいつ、どういうタイミングで金融サービスを利用したいのかもわからない状態でした。言葉は悪いですが、“殿様商売”だったとも言わざるを得ません」と丸岡氏は振り返る。3つ目はデータ活用によるトランスフォーメーション。丸岡氏はAIや統計処理技術の進展により、専門家でなくても高度な処理ができるようになっているとし、「DXの民主化」を図る考えだ。
これらを体系的に進めるため「DX戦略ロードマップ」を策定している。ペーパーレスに始まり、アナログ業務のデジタル化、デジタルチャネルの提供を通じてデータを蓄積、そして分析活用へと段階的に発展させるストーリーだ。
「紙のままではデータになりません。また、窓口取引だと本当にお客さまが望むタイミングでのサービス利用意向が捉えられません。デジタルチャネルでのデータ蓄積があってこそ、顧客行動の分析や新サービス創出が可能になります」と丸岡氏は強調する。
株式会社めぶきフィナンシャルグループ 経営企画部 DX統括グループ 担当部長
株式会社常陽銀行 経営企画部 副部長 兼 DX戦略室長
丸岡 政貴氏
昨今のマーケティングでは「20代男性だから」といったデモグラフィックだけでは不十分だ。一人ひとりの価値観に合わせたパーソナライズされたコミュニケーションには、十分なデータ蓄積が大前提となる。
多くの銀行が悩む“土管化”……「UI/UXの充実」で差別化図る
常陽銀行の顧客接点の中心となっているのが、スマートフォン向けアプリ「常陽バンキングアプリ」だ。りそなホールディングスと共同開発したこのアプリは、丸岡氏自身の徹底的な市場調査から始まったという。
「もともとインターネットバンキングの操作性に不満がありました。そこで様々な銀行やネット証券のアプリを片っ端からダウンロードして比較してみたのです。その結果、りそなグループアプリが一番使いやすかった。そう思っていたところ、りそなホールディングス側から『話を聞いてほしい』というオファーが来ました。つい『どこかで私のこと見てました!?』と驚きましたね(笑)」
りそなグループアプリをホワイトラベルとして採用する決断は早かったが、実際のリリースまでには2年を要した。最大の障壁は、機能ダウン問題。
「当初のアプリは残高照会、明細確認、振込程度の機能しかなく、インターネットバンキングに比べて機能が大幅に少ないものでした。既存のネットバンキングでは投資信託や外貨預金など多機能なのに、新しいアプリではそれらがない。『なぜ機能を減らしてまで新しいものを入れるのか』と反対意見も多くありました」
ここで丸岡氏の後押しになったのは、当時多くの銀行が直面していた「銀行の土管化」の状況だった。要は、ネット銀行やFinTech企業が台頭し始め、従来型の銀行は給料が入って、そこからお金が外に流れていくだけのただの「土管」になってしまうという危機感である。メインの口座として選ばれる銀行になるには何が必要か。その答えは、UI/UXの充実にあることは徐々に理解されていった。
こうしてリリースされた「常陽バンキングアプリ」は、顧客体験に対する行内の意識を大きく変える起爆剤になった。
「アプリの最大のメリットは行動ログが取れること。窓口の場合は取引結果しか分かりませんが、アプリは『途中でやめた』『何度も同じ場所でつまずく』といったユーザーの行動が見えて改善すべき点が分かりやすい。また、振込メッセージから『仕送り』『家賃』といった用途も把握でき、非対面でありながらコミュニケーションの質が向上しました」
懸念された機能ダウンについても、実際には大きな問題にならなかった。ユーザーにとってはむしろ、窓口やインターネットバンキングに加えて、新たな選択肢が増えたとプラスに捉えられたからだ。