エンタープライズ企業が踏むべき「5ステップ」
では、企業のITリーダーは具体的に何から着手すべきか。その第一歩は、「社内AIハブ」の整備だ。ベクトルDBと全文検索をオンプレミスまたはプライベートクラウドに構築し、社内ドキュメントを一元管理する“入れ物”を用意する。次に文脈資産の体系化。版管理やタグ付け、権限制御を徹底し、RAG/MCP が最新かつ正確な情報だけにアクセスできる状態を作る。
また、専門ベンダーとの協業も欠かせない。セルフホスト対応やコンテキスト管理を得意とするベンダーと短期PoCを回し、自社要件にあわせた最適化のためのノウハウを吸収してほしい。さらに利用体験の裾野を広げることも必要だ。PoCで終わらせず、実データを用いた現場導入によって「質問すればすぐに答えが返ってくる」体験を全社員に届けることが、リテラシー向上の近道となる。加えて、“小粒の勝ち”を積み上げるKPIを設定することも重要だ。メール草稿の作成時間を3分短縮する、バグ調査を5件自動化するなど、定量的な小さな改善を継続していき、ROIを可視化することで投資判断も加速する。

今後はRAGを超えて、MCPやリアルタイム文脈の取得をどう運用するか、さらには社内外のツール連携を踏まえたコンテキストエンジニアリングが競争力の源泉となるだろう。そのためには業務を細分化し、「どの工程でAIが工数削減に寄与できるか」を設計できる人材──いわば“AIワークフローアーキテクト”の需要が高まると筆者は見ている。
結論として、AIエージェント市場は「モデル競争」から「文脈争奪戦」へと主戦場を移した。MCPとセルフホスト型AIハブを二本柱に、機密データを安全に活かす設計を整え、小さく試行して深く掘り下げる──この二段ロケットこそが、次の競争曲線を捉える最短ルートだ。ITリーダーに求められるのは、モデル選定の先にある“文脈のオーケストレーション”をいかに設計し、現場に根付かせるかである。今日から着手できる一歩として、自社ドキュメントの整頓とAIハブ構築から始めてみてはいかがだろう。
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栁澤 直(ヤナギザワ ナオ)
1994年生まれ。慶應義塾大学在学中にソフトウェア開発企業を設立。大型のIPOやM&Aを果たした急成長中のスタートアップを中心に開発業務に従事する。新卒でリクルートホールディングスに入社しSUUMOの開発を担当。2017年に株式会社Jiteraを設立。急成長中のスタートアップ、IPO前後、売...
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