
AIの急速な進化は、ビジネスのあらゆる側面において変革をもたらしている。「AI時代」における企業のデータ管理は、従来の手法のままでは通用しなくなり、そのあり方を根本から見直さなければならない。Gartnerのリサーチ バイス プレジデントを務めるアダム・ロンサール氏は、AIが“データ管理”テクノロジー全体に大きな影響を与えていることは間違いない、と指摘する。自然言語処理、チューニング、セキュリティパッチの適用など、ITシステムに置ける「データマネジメント」の核となる部分に、さまざまな形でAIの恩恵が及んでいるからだ。一方、新たな課題も顕在化している。ロンサール氏に、AI時代におけるデータ管理の課題、企業がとるべきアプローチについて聞いた。
「SQL不要」の裏に潜むリスクとは? AI時代の新たなデータ課題
AIの普及により、これまでよりも広い層のユーザーがデータやデータベースにアクセスできるようになった。実際、リレーショナルデータベースの多くが「SQLを知らなくても自然言語で問い合わせができる」ように拡張されている。
これまでのようにリレーショナルデータベースを主として、SQLでアクセスしていた時代ならば、スキルの高いデータベース技術者(DBAなど)や開発者によって、SQLインジェクションのような攻撃からデータを適切に守れていただろう。しかし、誰もが自然言語で質問できるインターフェースが普及するにつれ、入力されたデータに含まれる“危険なコード”などを無害化する「サニタイズ」という処理を実行することが、非常に難しくなってきた。
その結果、データを取得する際にエラーが起きたり、AIが事実に基づかない情報を生成する「ハルシネーション」が発生したりするリスクが高まってしまう。AIで誰もが簡単にデータにアクセスできるようになることで、データガバナンスの重要性も一層高まっているとロンサール氏は指摘する。
また、多くの企業は、AIで使いやすい形にデータを整備することに投資しているだろう。しかし、実際に「AI-Ready(AIで活用できる状態)」なデータが準備できていると回答できる組織は極めて少ないという。こうしたギャップが生じる理由には、ある瞬間のデータは「AI-Readyである」と宣言できても、放置すれば状況が変わってしまうからだ。
つまり、AI-Readyなデータとは、一度準備すれば終わりではない。AIモデルを動かすたびに変化し続け、常に目的との整合性が保たれている必要がある。さらにはデータが適切に管理(ガバナンス)されているのか、継続的に確認する必要もあるなど、まさに「終わりのない取り組み」だ。

AI-Readyなデータを維持するためには、成熟したメタデータ管理、継続的な品質の観測、そしてデータガバナンスが欠かせない。とはいえ、多くの組織において、これらの成熟度が十分に高いケースはまれだ。実際、Gartnerの調査によれば、AIの導入における最大の障壁は「データの可用性」または「データ品質」だとされている。さらに自社データをAIのユースケースに一貫して活用できている組織は、5社中1社にとどまる。これは企業がAIへの投資を成果に結び付けられていない、大きな要因とも言えるだろう。
従来的なデータ管理も依然として有用だが、AIを利活用したいチームから見ると「時間がかかりすぎる」「データ構造が厳格すぎる」「柔軟性に欠ける」といった課題が多い、とロンサール氏は指摘する。特にデータウェアハウスやデータレイクは、特定の質問や問題解決に最適化されたデータのサブセットであり、AIが必要とするデータの範囲を完全にはカバーしていない。AIは、これらにないデータを必要とすることもあり、「データウェアハウスやデータレイクが基盤となるのは間違いないが、それだけでは十分ではない」と述べる。
データの品質も、AIの手法や目的により求められるものは異なる。予測モデル型のAIでは、必要な要素をすべて含んだ“きれいな”データが必要とされる。しかし、生成AIや会話型インターフェースのように「どのような入力があるか制御できない場合」は、あえて外れ値や予測不可能な要素も含めて学習させ、モデルの振る舞いを理解し、堅牢性を高める必要がある。つまり、ありとあらゆるアプローチに当てはまる、唯一の「正しい」データ品質は存在せず、常にユースケースに応じて“最適解を追求し続ける”必要があるとロンサール氏は言う。
もう一つ、組織文化も大きな課題だ。Gartnerの調査によると、データ/アナリティクスを成功に導くにあたって最大の障壁は、「企業文化がデータドリブンではないこと」だ。従業員がデータやAIを信頼していない、あるいは従来のやり方に固執して意思決定を変えられないとの声もよく聞かれる。AIのような高度な技術に対して「魔法のようだ」と妄信的に信じるか、「うさんくさい」とまったく信じないか、両極端な反応が見られ、適切なリテラシーが欠如している現状があるという。
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谷川 耕一(タニカワ コウイチ)
EnterpriseZine/DB Online チーフキュレーターかつてAI、エキスパートシステムが流行っていたころに、開発エンジニアとしてIT業界に。その後UNIXの専門雑誌の編集者を経て、外資系ソフトウェアベンダーの製品マーケティング、広告、広報などの業務を経験。現在はフリーランスのITジャーナリスト...
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