ガバナンス強化とグローバル連携の実現へ向けて
基調講演では「グローバル化・クラウド化時代のITガバナンス」と題して、オリンパスの北村正仁氏が登壇した。モノづくり日本を代表する企業として知られるオリンパスが、1960年代に欧州進出を果たして以来、どのようにしてグローバル企業へと成長を遂げてきたのか。その足跡を踏まえつつ、オリンパスの新たな企業改革の方向性が紹介された。
北村氏はまず、かつてのオリンパスのIT システムがバラバラだったことに言及し、「現地子会社が販売機能に特化しており、ローカルマネジメントを選択した結果」と説明した。日本で安くてよい製品を開発・生産して世界各国で販売するという、一方通行によるプロダクトアウト型のビジネスを主としていたときは、それが最適な選択だったという。
しかし2000年以降、グローバル化の進展とともに生産部門が国外に移り、新興国の成長に伴う市場の多様化・広域化が進むにつれて、拠点同士の密接な連携が求められる時代へと大きく変化する。そこでオリンパスは、世界規模でのガバナンス強化や拠点ごとのグローバル連携を目標に、2000 年度より各国子会社のERPなどのIT システムの統合を段階的に進めてきた。
まず、経営課題に対するIT 戦略設計を担う役割として、2006 年に業務部門に設置されていたIT部門を統合し、「ITの活用を通じて経営に寄与すること」をミッションとする「IT統括本部」を設立している。北村氏は「かつてのIT部門は技術や実装に偏りがちなので、経営課題に応えていくためには、IT部門の意識改革や責任範囲の拡大も必要である」と語り、ITマネジメント体制の確立と推進を目的とした組織改革の重要性を強く訴えた。つまり、今後のIT部門のあり方について、インフラ構築やシステム開発、実装、運営保守といったこれまでの役割に加え、戦略設計を行う”攻”を横軸に、セキュリティやコンプライアンスを実現する“守”という縦軸を加えるという考え方を紹介した。
そして、組織改革とともに、ITガバナンスの強化を推進するために、オリンパスが行ったのが、(1)IT ガバナンスによる“ 見える化”、(2)システムの構造化・統合化、(3)グローバル連携体制の3 つをコンセプトとする全社的な「IT 戦略」の策定である。ブラックボックス化していたIT資産やコストの算出を行い、それを「IT白書」としてまとめ、問題抽出とともに解決と検証をPDCA サイクルとして実行する。さらに方針検討、実務決定、展開という3 階層からなる委員会体制を整え、グローバル標準化の指標として「ITマネジメントガイドライン」を策定するなど、ITガバナンス強化のための指針づくりが進められてきた。
この指針をもとに、世界各国の販売子会社でITガバナンス強化に向けた施策が継続している。例えば、ショーケースともいわれるほどバラバラだったERP システムは、エリアごとに統合を図り、勘定項目などの標準化も進めた。さらに、新興国に新設した販売子会社では、グローバル連携を意識しながらも、コストや迅速性を鑑みてSaaS 型のERP を導入したという。
このような施策を実現するために、ネットワークの高速広域化、Web技術や仮想化技術の進化といったIT環境の変化が大きく関与している。北村氏は「変化を連れて来たのもITなら、変化への対応に不可欠であるのもIT」と語り、昨今ブームともいわれるクラウドコンピューティングについて、「所有から利用へ」「サービス提供から開発環境へ」といったキーワードで分析し、「活用の仕方によっては大きな成果を得られる」と評価した。同時に、機能や品質、セキュリティや長期的コスト、ベンダーの囲い込みによる問題など、勘案すべき事項も少なくないことを指摘した。最も懸念すべきこととして、誰もが簡単に利用できることから管理側の統制の難しさを挙げた。
そして、「クラウドがブームだが、企業は冷静にメリットとデメリットを正しく把握し、各社での責任のもとで判断する必要がある」と警鐘を鳴らしつつも、クラウドによってIT部門の役割が開発運用からITマネジメントに移行する可能性を示唆した。「ITガバナンスもクラウドも、対応によってはIT部門の価値向上のチャンスになりうる。それによって企業改革も進むだろう」とエールを送り、セッションを締めくくった。(次ページへ続く)