1つのクラウドではなくマルチクラウドに移行したほうがコスト削減できた?
日々アジア太平洋地域の各地を奔走しているZwolenski氏は「訪問するたびに、新しいDX事例を目にします」とうれしそうに話す。ある銀行ではモバイルアプリでほとんどのサービスが利用できるようにするデジタル化を成し遂げ、シンガポールやインドでは政府や行政がプラットフォームのデジタル化を進めているという。
昨今では経営視点でも「DX」や「トランスフォーメーション」がキーワードとして登場するようになってきた。あらゆる企業が自社サービスを中断することなく、次世代への転換を実現したいと望んでいる。しかし壁が立ちはだかる。
Zwolenski氏は「ビジネスから様々な新しい発想が生まれていますが、その一方で、実はITがビジネスニーズに追いついていません」と指摘する。Zwolenskiによると次世代型のデジタル化を完遂した「デジタルリーダー」と呼ばれる企業は全体の6%のみ。残り94%はITのトランスフォーメーションが途上にあるという。
転換を遂げた企業の一例としてZwolenski氏はオーストリア・コモンウェルス銀行を挙げた。ここではデルテクノロジーズの技術を駆使してマルチクラウド化とデータセンター運用で完全な自動化を実現した。
他の伝統的な銀行と同じく、これまでは全く新しい発想と技術で金融業に参入するスタートアップ企業を脅威としてとらえていた。しかしIT基盤をトランスフォーメーションすることで、新しい勢力に対抗できる企業へと変貌を遂げた。
あらためてDXとは何かを考えてみよう。一般的にDXというと、AIやデータ分析を導入した事例を思い浮かべることが多い。しかしZwolenski氏は「我々の考えるDXとはケイパビリティ(能力)そのもの。競争優位のためにデータを活用し、新しいソフトウェアを開発する能力を持つこと」と断言する。
競争優位を獲得するためにIT基盤をトランスフォーメーションするとなると、まず思い浮かぶのがクラウドへの移行だ。ここでZwolenski氏は興味深い調査結果を示した。
ある企業ではレガシー環境と仮想化環境でシステムを運用していた。それをあるパブリッククラウドへ完全に移行した場合、アプリのリファクタリングとクラウド運用で運用コストが現状の2倍になるという見積もりが出た。
ところがマルチクラウド、つまりパブリッククラウドとプライベートクラウドで複数のクラウドのIaaSやPaaSを併用すると、現状よりも運用は40%コストダウンを図れるという予測結果が出たという。もちろん全てのケースにおいて同じ結果が出るとは限らない。
環境や要件次第ではあるものの、クラウドへの移行といってもパブリッククラウド一択ではないということ、またマルチクラウドでいい結果をもたらす可能性もあるということだ。なかでもアプリをクラウドに合わせてリファクタリングするところで、大きなコスト増加をもたらす可能性があるところは見落としがちなので留意しておきたい。
アプリケーション、インフラ、ビジネス、全てのチームに恩恵をもたらすインフラとは
続いてZwolenski氏は「クラウドとは(システムが稼働する)場所ではなく、IT運用のオペレーティングモデルです。3つの観点から考えて見ましょう」と切り出し、企業でDXを成功させるための重要な観点について説明した。DXを実現するには、企業内でアプリケーションチーム、インフラチーム、ビジネス部門が効率良く連携することが重要だ。しかしそれぞれが別のことを考えている。
まずはアプリケーションチームの観点から。アプリケーション開発の世界では、かつてのモノリシックな構造からマイクロサービスへの転換が進んでいる。
こうした背景における重要なIT戦略としてZwolenski氏は「アプリケーショントランスフォーメーション工場を作ること」を提案する。既存のアプリケーションを調査し、モダナイズか、リファクタリングか、リプレイスか、あるいはもう引退させてしまうかなどを判断する。その先にアプリケーションをどこに着陸(移行)させるかを考える。
着陸先には大きく分けてパブリッククラウドかパブリッククラウド以外に二別できる。Zwolenski氏は「今後2~3年の中長期で考えたときに、アプリケーションをどこに展開したいかを尋ねると、多くの企業が複数の環境を使い分けると答える」と指摘する。
パブリッククラウドだけではなく、オンプレの仮想化、プライベートクラウド環境にも展開することを想定している。DXのアプリケーションだからといってパブリッククラウドだけでやっていけるとは思ってはいない。
ではインフラチームに視点を移してみよう。ITインフラはレガシーや仮想化などからなる「従来型IT」と、クラウドを中心とした「デジタルIT」に二別できる。現在のデータセンターの9割は従来型ITで、デジタルITはまだ1割程度だ。しかし今後は急速にデジタルITへと進み、IDCの予測では2022年には7割にまで伸びると見られている。
仮想化とIaaSの違いについて、Zwolenski氏は「仮想化では運用の多くが手動ですが、IaaSではデータセンター運用は100%自動化されており、人の手が介在することはありません」と説明する。労働力不足が深刻な日本において、運用の自動化は特に実現すべき切実な問題だ。
これからのデジタルITはクラウド化だけではなく、マルチクラウド化へと進むことが確実視されている。現在企業が利用しているクラウドプロバイダーの数は平均で4.8になるという調査結果もある。Zwolenski氏は「現在のクラウドは中央集権的ですが、今後は分散化が進むとみられています。コアクラウドを作り、プライベートクラウドやエッジクラウドも併用する企業も出てくるでしょう」と話す。
マルチクラウド化が進むと、それぞれのクラウドプロバイダーのいいところ取りができるメリットがあるものの、運用が複雑になるというリスクがある。例えばAWSチーム、Azureチーム、プライベートクラウドチームなどを編成し、それぞれ別のスキルが必要になる。
Zwolenski氏は「私たちの戦略はパブリッククラウドだろうと、プライベートクラウドだろうと、ワークロードがどのクラウドで稼働していても一貫性のあるIT運用を実現するということです」と断言する。この恩恵を受けるのはインフラチームだけではない。ビジネス部門にも一貫性あるサービスが提供できるようになる。
つまりデルテクノロジーズが目指しているのはAWSやGCPのようなパブリッククラウドを新たに作るのではなく、全てのクラウドを1つにつなげるレイヤを作るということ。それが「Dell Technologies Cloud」と呼ばれるものだ。
複数のクラウドプロバイダーに渡り運用を可能にするという点では、ほかに似通った技術もあるが、Zwolenski氏はデルテクノロジーズ独自の技術として、クラウドを横断的に使えるVMwareがあることと、CIやHCIなど統合された形で提供できる製品がある点を挙げる。
具体的な製品名で言うと、VxRailやVxBlockとなり、プライベートクラウド構築には欠かせない選択肢だ。Zwolenski氏は何百人ものデルテクノロジーズとVMwareのエンジニアが協力して開発している点も優位点として強調した。
ビジネス部門へと視点を移すと、ビジネス部門の多くはインフラのストレージやネットワークなど技術的なことには特に関心を持っていない。必要な時にセルフサービスでITにアクセスできることを求めている。裏を返すと、ビジネス部門のニーズに応じるには、自動化されたセルフサービス型の運用モデルを構築することが求められていることになる。
マルチクラウド化でITを再編成し、大幅なコスト削減を実現
実際にDXを実現した事例を見ていこう。1つめはオーストラリアの西にあるクインアーナ市。かつては組織内でバラバラにクラウドが導入され、それぞれのリソースやデータをコントロールすることができず非効率だった。そこにData#3社とデルテクノロジーズがマルチクラウドと統合的なITインフラを導入したところ、年間で30万米ドルのコスト削減と一元的なデータ運用を実現したという。
もう1つはインド政府が進める行政サービスのクラウド化だ。インド政府は離散したクラウドコンピューティング環境に共通のガイドラインを設け、eコマースやモバイル接続を推奨するなどして、支出の最適化を進めている。なお当プロジェクトのクラウドの名前は「メガラージ」。ヒンディー語で「クラウドの神」を意味するのだとか。インド政府ではIT再構築でインフラの統合が急速に進んでいるところだ。
これまで述べてきたように、組織がDXを実現するため、またアプリケーションがクラウドネイティブへと変換するためには運用モデルもトランスフォーメーションしていく必要がある。
具体的にすべきこととして、Zwolenski氏は要点を3つ挙げた。1つ目はアプリケーションのリファクタリング戦略を練るということ。2つ目はIaaS/PaaS/CaaS(Container as a Service)のためのアーキテクチャを定義すること。「今後どのような形でITサービスを提供するか、クラウドの経済性を考え、プライベートクラウドと運用が統合されていることが重要となります」とZwolenski氏は言う。
3つ目は新たな着陸ゾーン(移行先)に向かって人とプロセスをシフトすること。人材不足のなか、多くの人材を必要とするインフラでは立ちゆかなくなる。Zwolenski氏は「企業は自動化や統合化が進んだインフラを考え、エンジニアは特定の技術分野だけではなく全体を理解できるようにすることが大事です」とアドバイスする。