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富士通 柴崎辰彦の「一番わかりやすいDX講義」

ANA野村氏に聞く:イノベーション実践ツールとワークショップの方法

第16回【DX実践研究編】ANAのデジタル変革に向けた挑戦

 富士通で初めてのデジタル部門の創設やサービス開発に取り組んで来た著者の実践に基づくDX連載の第16回。著者は、富士通 デジタルビジネス推進室エグゼクティブディレクターの柴崎辰彦氏。シリーズの第3部となる「実践研究編」では、実際にデジタル変革に取り組む企業の取り組みをプロジェクトリーダーのインタビューを通してご紹介する。実践研究編2つ目の事例は、全日本空輸株式会社(以後ANA)デジタル変革室イノベーション推進部部長の野村泰一氏にお話をお伺いした。

 前回(ANA野村氏に聞く:現場から感謝される感謝される情報システム部門へ)では、ANA野村さんの異色の経歴と情報システム部門の変革について紹介してきました。野村氏へのインタビューの2回目は、様々なデジタル変革を生み出して来たANAの活動について具体的に紹介します。

デジタル変革を引き起こす4つの要素とは

ANAデジタル変革室イノベーション推進部部長 野村泰一氏
ANAデジタル変革室イノベーション推進部部長 野村泰一氏

 デジタル変革(DX)はどのように進めるべきでしょうか。具体的なDX実践対象に加えてDXを進めるためのベースとなる活動(IT環境の再整備や企業文化を変える活動)が重要であることはこの連載でも指摘してきました。ここでは、野村さんがイノベーション推進部長に就任した当時を振り返りながら、大切にして来た4つの要素を紹介したいと思います。

 「まず一つ目は、『マインドセット』です。自分たちは何をすべきなのか? という定義を改めて見直しました。生産性の向上とコスト削減を目指し、QCDを守ることを至上命令としてきた情報システム部門のマインドを新しいテクノロジーによって変えていく必要性を感じていました。二つ目は、『内製力』です。当時残念ながら企画をしてグループ会社やベンダーに依頼することはあっても自分たちで生み出す力が失われていることに気がつきました。IT部門が主導的な立場で変革を進めるには内製力は必須だと感じました。そして三つ目は、現場部門との『新たなコミュニケーション力』です。実は、本当に困っている人とのパスがないことに気づきました。私たちがどのようなことを考えているかを伝え、現場の仲間が本当にどんな課題を持っているのかを知るすべがありませんでした。こんな状態で本当にやるべきことを見つけることができるのかというのが当時の正直な心境でした。最後は、これらのデジタル変革を実行する『人材』です」(野村氏)

図1 DXを生み出すもの[クリックして拡大]

起点となるマインドセットに込めた想い

 イノベーション推進部に着任した日に部員に対してマインドセットとして発信したのが「五輪の書」です。活動の中で感じたナレッジを取り込み、毎年更新している虎の巻と言えるものです。宮本武蔵が記した有名な兵法書「五輪の書」と同じ5つの巻から構成されています。言っていることは、極めてシンプルなのですが、非常に示唆に富んだ内容です。

風の巻 ①イノベーションを起こしやすい環境を自ら作ろう。

 これまでの情報システムの宿命でもある案件対応は実施しながらも自分たちの進めやすい環境づくりを合わせてデザインしようという宣言になります。

水の巻 ②失敗を恐れず、行動したことを誇りに感じよう。

 失敗したことだけにスポットライトがあたり、勇気を持って行動したことを見ない風潮に対して「しっかりチャレンジしていることを見て行くよ!」という野村さんのメッセージです。

火の巻 ③熱い思いを持ち続けよう。

 とかく受動的な気持ちになりがちな仕事の仕方ではなく、能動的に自ら働きかけて行こうというポジティブな意味合いが含まれています。

土の巻 ④きれいな花を咲かせるための土壌に着目しよう。

 案件以外の要素で大切なものがたくさんあることを示しています。例えば、仕事を進めるプロセスだったり、コミュニケーションパスだったり、案件を支えるシステム環境だったりと、きれいな花(成果)を咲かせるには様々な視点で物事に取り組む必要があるということを示唆しています。

空の巻 ⑤互いにリスペクトし、チームで成果を分かち合おう。

 とかく自分の上司には業務内容は報告するが横には話さず、(特に案件単位の仕事では)連携は薄れがちになります。仲間に伝えてパスしてチームで成果を分かち合うことを奨励しています。

図2 First Action~マインドセット[クリックして拡大]

 イノベーション推進部のメンバーにとって、「五輪の書」は行動指標であり、評価指標でもあります。野村氏は、「単なるお題目として提示するだけでは効果が期待できませんから、五輪の書に沿って行動しているかどうかを評価基準としました。また、内容は毎年更新しており、前年までに自分たちが経験して学んだことや失敗事例などを踏まえ、最新の環境に応じた行動基準を提示するようにしています」とその狙いを説明します。

 Amazonのジェフベゾスは、「世界で最も失敗を許容する企業」であると宣言していることで有名ですが、野村さんは「失敗できる環境を作ろう。イノベーション推進部ではいくらでも失敗してもいいよ!」という文化を作ろうと努力してきました。

 「例えば、データレイクを作ってETLツールを入れて、PoCとまではいかなくても色々いじっていいよ!といった試行錯誤を許容するイメージです。小さく失敗していいよという環境づくりです」(野村氏)

 現状からの変化は、決してステークホルダー全員にはウェルカムではない場合があります。

 「そんなことしていないでお願いした案件ちゃんとしてよ!」という声をあげる人もいますが、ある意味、変化をすれば旧来型の考え方とイノベーションは、摩擦が起きるのはつきものです。五輪の書はそう言ったコンフリクトの中で頑張る人を支えるメッセージもカバーしています。

 「失敗してもいいよ」と言っても、ANA全体で失敗してしまっては意味がありません。野村さんは、「五輪書は部門の行動指針であり、みんなには65点でもいいぞ!と言っていますが、全員が65点では成果を挙げているとは言えません。そこは、組織としては私が責任を取ることで担保しているのです。皆には挑戦する姿勢を崩さず、チャレンジして欲しい。失敗を許容しつつ組織としては成果を挙げられるように組織運営の工夫をしています」と語ります。

次のページ
情報システム部門が本来目指すべきプロセス

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この記事の著者

柴崎 辰彦(シバサキタツヒコ)

香川大学客員教授 富士通株式会社にてネットワーク、マーケティング、システムエンジニア、コンサル等、様々な部門にて“社線変更”を経験。富士通で初めてのデジタル部門の創設やサービス開発に取り組む。CRMビジネスの経験を踏まえ、サービスサイエンスの研究と検証を実践中。コミュニケーション創発サイト「あしたの...

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