HashiCorpがIBMに加わることによる、新たな進化とは
IBMに新しく加わったHashiCorpは、2012年に創業したマルチクラウド環境の適切な構築・運用を支援する企業。代表的な製品には、クラウド環境の構築・管理を自動化する「HashiCorp Terraform(以下、Terraform)」や、認証情報などのシークレット管理を行う「HashiCorp Vault(以下、Vault)」があり、これらはパブリッククラウドだけでなく、オンプレミスやSaaS環境も管理可能だ。
両社が統合した背景には、パブリッククラウド環境をメインとする顧客を中心に抱えていたHashiCorpが、IBMの長年培ってきたオンプレミス、特にメインフレームを有するユーザー層へとリーチを拡大したい狙いがあるだろう。「(統合により)ミッションクリティカルなシステムを抱えるような、より広範な顧客に対して、マルチ/ハイブリッドクラウド環境の構築・運用をサポートできる」と、HashiCorp Japanの小原光弥氏は説明する。

IBMのポートフォリオにHashiCorpが加わったことで、特に自動化とセキュリティ領域においては、Red Hatとの連携も期待できるだろう。具体的にはAnsibleとTerraformの連携、OpenShiftとVaultの連携が挙げられる。
「AnsibleとTerraformは、それぞれ得意領域が異なる」と中島氏。Ansibleはデータセンターのオープンシステムやメインフレームの管理・運用を得意とする一方、Terraformはパブリッククラウド環境の構築(インフラ基盤の整備)を得意とする。両者は相互連携が可能で、顧客の既存スキルセットや管理状況にあわせて相互補完的に利用できるという。
たとえば、パブリッククラウドの運用自動化にはTerraformを活用、その上で稼働するOSのパッチ管理の自動化にAnsibleを用いるような構成が考えられる。「最適な使い方として唯一の正解はなく、顧客の状況にあわせてそれぞれが補完し合うものだ」と小原氏。HashiCorp Japanの村田太郎氏も「双方の強みを生かすことで、インフラからOS上の運用まで一気通貫での自動化が実現できる」と述べる。

既存のAnsibleユーザーがハイブリッド環境を構築する際、クラウド部分はTerraformで構築し、その後の運用をAnsibleで行うといった使い方も可能だ。これまで両製品を組み合わせた形で利用してきたユーザーがいる中、IBMへの統合で両製品の連携はさらに加速し、将来的にはRed Hat製品にTerraformとの連携機能が標準搭載されることも期待される。
加えて、OpenShiftとVaultの連携により、OpenShift上で稼働するアプリケーションが必要とする認証情報の管理も効率化・適正化を図れるだろう。特に認証情報におけるシークレットの適切なローテーションには多くの企業が課題を抱えているため、Vaultの活用でセキュリティを強化できる。
Vaultは、IBMの既存セキュリティ製品との連携も計画されており、エンタープライズレベルの高度なセキュリティ対応をマルチクラウド環境で実現していく。また、マイクロサービスのAPI連携における認証強化にもHashiCorp製品の活用が見込まれる。将来的にはIBM製品とUIレベルでの統合の可能性はあるものの、HashiCorpの製品ロードマップはこれまで通り継続される予定だ。「HashiCorpは元来マルチクラウド対応であり、IBMとの統合後もその優位性が損なわれることはない」と村田氏は強調する。
企業がAIをビジネスで活用するためには「オープンであること」が重要に
HashiCorpが加わり、AI領域で進むIBMとRed Hatの連携に、インフラ構築・管理の自動化とセキュリティ強化という重要なピースが揃った。これによりマルチ/ハイブリッドクラウド環境において、生成AIを活用したアプリケーションの開発・運用、セキュリティの確保までをエンドツーエンドで実現していく。3社がそれぞれの得意領域を生かし、オープンな思想の下で連携することで、ユーザーはより複雑なIT環境においても“AIを活用した変革”を安全かつ効率的に進められるようになる。なお、既にWatson X Code AssistantがTerraformに対応することも発表されており、3社が密接に連携しながらAI分野をリードしていく。
そして3社の協業は、AIをアプリケーション開発だけに用いるものではなく、運用フェーズまでカバーするものだ。これはAIアプリケーションからプラットフォームレイヤに至るまで、クラウドネイティブ化が実現しているからこそ可能なものであり、単なる3社の技術の足し算ではなく、化学反応による新たな価値創造が期待される。
もちろん、必要な技術要素をほぼ網羅したものの、3社はこれですべてのニーズに対応できるとは考えていない。今後も他社と積極的な連携を進めていき、そのためにも「エコシステム実現のためにオープンであることが重要」だと、平山氏はあらためて強調するのだった。
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- この記事の著者
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谷川 耕一(タニカワ コウイチ)
EnterpriseZine/DB Online チーフキュレーターかつてAI、エキスパートシステムが流行っていたころに、開発エンジニアとしてIT業界に。その後UNIXの専門雑誌の編集者を経て、外資系ソフトウェアベンダーの製品マーケティング、広告、広報などの業務を経験。現在はフリーランスのITジャーナリスト...
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