業務効率85%向上の事例も 先行顧客の成果と普及戦略
こうした仕組みは、既に現場で成果を上げつつある。ベータ版プログラムに参加したキャデラックF1のCIO クリス・グリーン氏は、シリアル管理に誤りがあった部品データの修正業務に適用を進めている。チームが急成長する中で、本来はシリアル番号で1つずつ管理すべき部品を、そうせずに登録してしまったケースがあったという。しかも、それらの部品は既に組立品に使われ、さらに上位の組立品へと何段階にもわたって組み込まれていた。なかには20〜50件もの製造指示をまたぐものもあり、修正するためには部品の履歴をすべてさかのぼって処理を取り消し、元データを修正してから処理をやり直す必要がある。「ある部品種別では、修正に2週間かかった例もある」とグリーン氏。この一連の作業をIFS Intelligenceに任せることで、2週間かかっていた修正を数分に短縮できると見込んでおり、その検証を進めている。
また、天然ガスの圧縮設備を保有・運用し、圧縮サービスを提供するKodiak Gas Servicesは、部品の特定から在庫確認、調達までを担うデジタルワーカーを導入。デジタルワーカーが処理した業務では、作業効率が約85%向上したという。社内に開発力を有する同社がなぜIFSを選んだのか。同社CIOのペドロ・ブイガス氏は、「ERPを中心としたプロセスには、権限や監査性、トレーサビリティといった適切なガードレールが必要だ。それをゼロから構築することは非常に複雑で、開発チームが時間を費やしたい領域ではない」と語る。
英国でエレベーターや空調、電気設備などの保守サービスを手がけるEight Groupは、700人超のエンジニアを抱え、月1万3000件に上る作業依頼の登録や3万件を超える仕入先からの請求書処理を人手で行ってきた。同社は、これらをデジタルワーカーで自動化することで、年間100万ポンド近いコスト削減を見込んでいる。CIOのモー・ダウード氏が重視するのは、独自開発に頼らないことだ。IFS Cloudには一切の独自開発を加えず、必要であれば自社の業務プロセスを変えてきたという。
自動化への期待値も現実的だ。「すべてを自動化できないことはわかっている。自動化率が80%に到達すれば非常に満足で、残りは例外として対処すればいい」とダウード氏。また、現場がデジタルワーカーを受け入れられるよう、エンジニア自身が主導するユーザーグループを設け、改善要望を吸い上げているという。
スコッチ・ウイスキー「グレンフィディック」で知られるWilliam Grant & Sonsは、IFS Cloudへの移行で、旧システムの帳票52件を移し替える作業に200日を見込んでいた。そこでNexus Blackが開発したAIツールを試したところ、わずか30分で48件の移行が完了。その場で検証しても問題はなく、200日を見込んでいた作業そのものが不要になったという。
IFS Intelligenceの普及に向けて、価格とパートナーのあり方も見直した。IFSは2026年4月、価格の基準をユーザー数から、工場数など顧客の事業に即した単位へと切り替えている。「人に代わってエージェントが働く場面が増える中、ユーザー数での課金は実態にあわない」とモファット氏は話す。IFS Intelligenceは全社向けの専用ライセンスで提供され、価格は既存の契約料に応じた割合で決まる。全社員が使え、機能やプランの制限もない。AIの利用量には目安となる上限があるものの、超過したとしても利用を止めたり追加料金を請求したりはせず、使い方を都度相談しながら見直すという。
パートナー企業の役割も変わる。モファット氏は、「ソフトウェアの導入にかかるコストは激減するだろう」と予測。そのため、パートナー企業はシステムの導入作業よりも、顧客の業務変革を支援したり、自らの業界知見をLensとしてIFS Intelligence上に作り込んだりすることで収益を得る形になるとの見方を示した。
もっとも価格や売り方を整えても、現場で使われなければ意味がない。では、顧客企業の社内でAIの利用をどう広げるのか。モファット氏は、「すぐに投資対効果を示せれば、導入は一気に進む」と語る。実際、一部の拠点から利用を始めて急拡大する顧客が増えているという。ただし、現場の不安を和らげることも欠かせない。ダウード氏によれば、特にバックオフィスでは「AIに仕事を奪われるのでは」という声が根強いという。それでも同氏は「AIは仕事を奪うものではない。単調な作業を肩代わりし、人に一息つく余裕を生むためのものだ」と言い切る。
また、IFSは自社製品だけで顧客を囲い込もうとしているわけではない。モファット氏は、「大企業が1社のAIにすべてを委ねることはなく、社内には2〜3のAI基盤が併存するだろう」と見ており、他社のAIともデータをやり取りできるオープン性を重視する。日本でもNECやマイクロソフトと組み、データ主権に関する要件に応えるクラウドサービスを発表した。
現場に眠るデータと知見を生かし、統制を効かせた上でAIに業務の実行まで任せる。その基盤を、自社だけで抱え込まず他社とも手を組みながら提供していく。IFS Intelligenceには、損失を“仕方のないもの”として受け入れてきた現場を変えようとする、同社の意思が込められている。基調講演で語られた次の言葉が、その姿勢を端的に表している。
「皆さんの仕事の本質は何も変わらない。しかし、その進め方は永遠に変わったのだ」
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岡本 拓也(編集部)(オカモト タクヤ)
1993年福岡県生まれ。京都外国語大学イタリア語学科卒業。ニュースサイトの編集、システム開発、ライターなどを経験し、2020年株式会社翔泳社に入社。ITリーダー向け専門メディア『EnterpriseZine』の編集・企画・運営に携わる。2023年4月、EnterpriseZine編集長就任。
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