体調不良からお薬手帳サービスを思い立った
「今回の電子お薬手帳サービスを始めようと思ったきっかけは、5年ほど前に体調を崩したことです」
ソニー harmo事業室 ソリューション開発課 統括課長で、今回の電子お薬手帳のサービスであるharmo創案者の福士岳歩氏は、実際に体調が悪かった際に紙のお薬手帳を受け取り利用してみて、FeliCaのIT技術を使えばもっと便利になるのではと考えた。当時福士氏は、輪郭検出技術などの研究開発の仕事をしており、FeliCaは専門外。しかし、FeliCaで簡単にお薬手帳をIT化できると思いついたのだ。
「もともと、生活に役に立つものを生み出したいという思いはありました」(福士氏)
福士氏は、本業の研究開発をやりながらFeliCaを使った電子お薬手帳システムの試作に取りかかる。とはいえ、医薬品の処方、販売プロセスに関する知識や経験はない。そこで、処方箋薬局に関連するセミナーを探し出し、まずはそれに参加することにした。たまたまそこに参加していた神奈川県川崎市宮前区の薬剤師会の会長(当時)と名刺交換し、半ば強引に彼にアプローチ。宮前区の薬剤師会では、早くから成分処方などに取り組むなど、業界でも先進的な取り組みをしていた。そんな先進性もあり、この新しい取り組みについてもすぐに話を聞いてもらえることになる。
ここまでは順調、とはいえその先はとんとん拍子にとはいかなかった。試作システムを持って薬剤師会に説明に行くと「コンセプトはいいけどね、こんなのじゃあ使い物にならないよ」と追い返されてしまう。それでも福士氏はあきらめず、試作の改良をしながら説明を繰り返すことに。それは10数回に及んだ。
プレステの情報流出ショックからセキュリティ見直し
改良を加え、FeliCaを活用する電子お薬手帳サービスについても薬剤師会で理解され、宮前区でやっと実証実験を始めることになる。ところが、そんなときに残念な事故が発生する。それは、ソニーが運営しているPlayStation Networkでの情報流出だ。
「あの事故があってもなくても、情報漏洩の問題はあります。システムのセキュリティをどんなに強固にしても、内部からそれを破る人が出てくるかもしれません。なんとかこの問題を、根本的に解決したいと考えました」(福士氏)
実証実験の開始は、4ヶ月ほど遅らせることに。その間にシステムの構成を見直し、結果として導き出したのが、薬の情報と個人のプロファイル情報を完全に分離し管理する方法だ。それを改めて、宮前区の薬剤師会に提案した。緊張して説明に臨んだが「新たな仕組みについては、結局、個人情報に関連する質問は出ませんでした」と福士氏は振り返る。
カギはレセプトコンピュータとの連携
2011年11月から、宮前区の約20箇所の薬局で、電子お薬手帳の実証実験が開始された。実証実験に至るまでに重視したのは、前出の個人情報の漏洩対策と現場の薬剤師の業務をいかに邪魔しない仕組みにできるかということ。これらが実現できなければ、現場では使ってもらえない。
電子お薬手帳のシステムは、既存のレセプトコンピュータと連携する。レセプトコンピュータには、個人のプロファイル情報もその薬局で調剤された薬の情報も蓄積されている。薬局の利用者が新たに電子お薬手帳を手にするには、まず薬局に用意されている新しいFeliCaカードに個人のプロフィール情報を暗号化して入れることになる。
個人の情報と調剤薬の情報は、レセプトコンピュータからNSIPS(調剤システム処方IF共有仕様)を使い、別途用意されている電子お薬手帳用PCのメモリー上に取り込まれる。受け取った情報は、ブラウザーベースのアプリケーションでタブレットPCに表示される。薬剤師はそのタブレットPCの画面を利用者に示し、利用者はその画面上で個人の情報をカードに取り込み、調剤薬の情報をクラウド上に置くことの承認を行う。
レセプトコンピュータの情報はそれぞれの薬局が管理するものだが、利用者に渡されたお薬手帳の情報は個人のものだ。「今回の電子お薬手帳のシステムでも、このコンセプトに基づいています。なので、お薬手帳のデータをクラウドに置くことは利用者の意思に基づくものであり、それと同様に、お薬手帳の内容を薬局で提示することも利用者の意思に基づくものです。」と説明するのは、harmo事業室 事業企画課 統括課長の新谷眞介氏だ。紙のお薬手帳であれば、自分で処方された薬の情報を貼り付け、薬局でそれを提出することで薬剤師に自分の薬の情報を見ていいですよと許可をする。電子お薬手帳の場合は、FeliCaカードをかざすことで「クラウドにある私のお薬手帳の情報を見てもいいですよ」という許可を与えることになる。