「グローバルシングルインスタンス」にこだわった理由
資生堂がFOCUS(First One Connected and Unified Shiseido)プログラムと呼ぶ取り組みを開始したのは2019年11月に遡る。冒頭、キート氏は「FOCUSはITプロジェクトではない。ビジネス変革プログラムであり、真のグローバルカンパニーとして投資家に約束した成長を加速させることを実現しなくてはならない」と訴えた。
DXのゴールは自社のビジネスを変えること。全員承知でDXプロジェクトに取り組み始めたが、いつの間にか新システムが問題なく稼働するかが最大の優先事項になってしまう。心当たりのある日本企業のデジタル担当者は多いのではないか。講演中、キート氏は何度もFOCUSがビジネス変革プログラムであることを強調していた。そのFOCUSで行っていることは、「世界中の人々をつなげること」「世界中のプロセスを標準化すること」「ブランドと機能をつなげること」だ。
この3つを実現するため、資生堂は変革のベストプラクティスが組み込まれたテクノロジーを採用した。選択したのはSAP製品である。主にSAP S/4HANA、SAP Integrated Business Planning(IBP)、SAP Aribaなどを導入した。この他、Business Planning Consolidation(BPC)やSuccessFactorsなども利用している。テクノロジー導入で資生堂がこだわったのは、これらすべてを「グローバルシングルインスタンス」で利用することだ。シングルインスタンス環境では、地理的拠点が分散していても、すべての部署、すべての子会社及び関係会社のユーザーが同じシステムを利用する。単一システムにすることで、全社員がデータを共通の視点で見ることができる利点がある。
全体最適の観点では、このシングルインスタンスは理想的に見えるが、実際はどの企業にとっても非常に難しい挑戦になる。さらに、グローバル共通のインスタンスに移行するともなれば、さらに難易度は上がる。だが、「資生堂にとっては、グローバルシングルインスタンス以外に選択肢はなかった」とキート氏は説明する。特に苦労した点として、キート氏が挙げたのは「標準化」である。通常、マルチインスタンスからシングルインスタンスに移行する場合、データベースを1つに集約しなくてはならない。その際、マルチインスタンス環境で運用しているデータ同士のコンフリクト解消に配慮することが必要だ。業務を変えたくない現場の抵抗に遭うことも容易に想像できる。それでも、シングルインスタンスへ移行するならば、標準化は避けて通れない。資生堂はやり抜くことに決めた。