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個別最適から全体最適に──オムロンの命運を握るグローバル横断のシステム刷新プロジェクト「CSPJ」

第29回:オムロン グローバル戦略本部 コーポレートシステム推進部 工藤英子さん

 オムロンは、グローバル規模でのIT基盤統一と業務プロセス標準化を進め、データドリブン企業への進化を目指す「コーポレートシステムプロジェクト(CSPJ)」を推進中だ。500人規模のプロジェクトのPMOとして中核を担う工藤英子氏に、グローバル変革プロジェクトの裏側を聞いた。

グローバルでの活躍を求めて入社、Notes移行で洗礼を受ける

酒井真弓(以下、酒井):工藤さんは、2016年にオムロンに入社して以来、一貫してグローバル規模のIT標準化、システム刷新に携わっているそうですね。

工藤英子(以下、工藤):そうなんです。私は前職でオーストラリアのITプロジェクトに携わり、その経験からグローバルな環境での仕事に魅力を感じてオムロンに入社しました。

 入社後すぐ、グローバルのコミュニケーションプラットフォームを統一するプロジェクトに参画。当時のオムロンは、30ヵ国以上に約30,000人の従業員がいて、どの国でもNotesを使っていました。事業やエリアによって独自にビジネスを発展させてきた歴史から、システムはかなり個別最適で、サイロ化していました。Notesに関しても、各エリアで異なるバージョンを使っており、双方向のコミュニケーションに大きな壁がありました。そこで、2016年に今でいうMicrosoft 365に移行するプロジェクトを開始し、非常に苦労しましたが、2年かけてやっと移行できました。

酒井:2年間も! 一体何があったんですか?

工藤:一番苦労したのは、グローバルでの社員IDの統一でした。各エリアで社員情報を管理するシステムや運用管理のルールがバラバラで、私がアメリカに出向するとアメリカ用のメールアドレスができ、ヨーロッパに行くとまた別のメールアドレスができる。グローバルで見ると、私が3人いるような状態だったんです。

 そこで「グローバルで一人一つのメールアドレスにしよう」となったのですが、メールアドレスの体系をどう統一していくべきかで、かなり紛糾しました。たとえば日本人の感覚では、同姓同名の従業員がいたら「入社順で名前の後ろに番号を付けていこう」で済むことが多いですよね。でも、他のエリアでは「名前に番号を付けるなんて考えられない」と言われることも。「ミドルネームをドットで区切るのは許せない」という意見もありました。

 また、システムの制約上、長い名前をすべて入れられない場合、「ファミリーネームを短縮するのはあり得ない」という国もあれば、「ファーストネームを短縮するなんて」という国もあり、なかなか良い落とし所が見つからず、非常に悩みました。

酒井:グローバル企業ならではのエピソードですね。最終的には、どのように落ち着いたんですか?

工藤:結局、グローバルな基準を設けつつ、エリアごとに追加ルールを設定する折衷案を取りました。入社当初は、「グローバル統一」といえば、世界中で同じルールを適用することだと考えていました。でも、このプロジェクトを通じて、むしろ各エリアの要望や文化的背景を理解し、それらを取り込んだ上で統一基準を作ることが大事なのだと気づきました。とても大きな学びになりましたね。

 そういえば、前職オーストラリアで働いていた頃にも、面白いことがありました。あるプロジェクトで、リリース直前にプロジェクトマネージャーが突然姿を消したんです。私は慌てましたが、周りは「そういえば、オーストラリアを一周したいと言ってたね」と至って冷静で(笑)。日本社会ではあまり考えられないですよね。でも、こういったカルチャーショックから学ぶことは多いような気がします。

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オムロン株式会社 グローバル戦略本部 コーポレートシステム推進部 工藤英子さん

データドリブン経営へのシフトは「三位一体」で

酒井:オムロンは、長期ビジョン「Shaping the Future 2030」を掲げ、「CSPJ」を推進中とうかがっています。CSPJとは、どういったプロジェクトなのでしょうか。

工藤:CSPJは、全社を挙げた最重要プロジェクトの一つです。IT基盤の刷新、業務プロセスの標準化、データ活用を含むグローバル経営基盤の構築を目指しています。中でも特に注力しているのが、データドリブン経営へのシフトです。

 これまでオムロンは、事業やエリアごとに発展してきたため、グローバルでの基盤の統一やデータの一元管理ができていませんでした。そのため、いわゆるKKD(経験・勘・度胸)に頼った意思決定も多かったのが実情です。しかし、変化の時代に、もはや過去の知識と経験だけで新たな価値は生み出せないと考えています。たとえば、気候変動への対応。過去の経験だけでは解決が難しいステージに来ていますよね。

 オムロンは、社会的課題を解決することで、お客さまに価値を届け、成長してきた企業です。私たちが今取り組むべきは、お客さまの課題に深く入り込み、ともに解決策を導き出し、それをサービスとして提供していくこと。そのために、グローバルでデータ基盤を統一し、データをもとに意思決定をしていけるようにしていきたいです。

酒井:データドリブン企業へシフトしていくには、何が必要だと思いますか。

工藤:人材・ITシステム・業務プロセスの三位一体で進めていくことです。データを活用するにはデータを標準化する必要があり、データを標準化するには、ITシステムだけではなく、業務プロセスも標準化する必要があります。このことが、IT部門と事業部門が一体となって本プロジェクトを進めている大きな理由です。さらには、データを活用する人材の育成も不可欠です。

酒井:CSPJの中で、工藤さんは今どんな役割を果たしているのでしょうか。

工藤:CSPJのPMOで、プロジェクト全体のマネジメントをしています。特に、データドリブン企業への進化を支えるためのIT組織の設計に注力しています。

 IT組織の設計には、まず、ステークホルダーとなる事業部門、各エリアのキーパーソンなど約30人に、かなり踏み込んでヒアリングし、次世代のIT組織に対する期待値を整理しました。

酒井:事業部門は、どんな期待をしていたんですか?

工藤:皆さんが口を揃えて話していたのは、2つです。1つは、事業に貢献するIT組織であってほしいということ。どの事業部門も、デジタル活用によって事業をさらに発展させていきたいという強い思いを持っていました。もう1つは、エンタープライズアーキテクチャをしっかり作ってほしいということ。オムロン全体のITの在り方を示す設計図のようなものです。大きく変えていく際に、そういう拠り所がないと、また個別最適になり、ガバナンスが効かなくなってしまいます。

酒井:事業部門からそんな期待が出てくるなんて、珍しいというか、素晴らしいですね。

工藤:たしかにそうですよね。これに関しては2022年に、衣川(執行役員常務 グローバルビジネスプロセス&IT革新本部長 衣川正吾)が事業部門からIT部門のトップとなったことが大きいかもしれません。トップのマネジメントラインで、将来的なITの姿についてフラットに話せる関係性ができてきたと感じています。

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3年以上の“終わらない企画フェーズ”をどう立て直したのか

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この記事の著者

酒井 真弓(サカイ マユミ)

ノンフィクションライター。アイティメディア(株)で情報システム部を経て、エンタープライズIT領域において年間60ほどのイベントを企画。2018年、フリーに転向。現在は記者、広報、イベント企画、マネージャーとして、行政から民間まで幅広く記事執筆、企画運営に奔走している。日本初となるGoogle C...

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