IBMが仕掛ける半導体戦略、エコシステム拡充でAIニーズにどう応える 長年の研究開発を強みにできるか
VelaやAIUなどを擁し、“次世代半導体”に向けた価値最大化と地球課題解決へ

IBMは、AI処理に特化した省電力チップ「AIU(Artificial Intelligence Unit)」、AI開発・実行環境「Vela」、そしてRed Hat OpenShiftを核とするエコシステム戦略を通じ、独自のAI戦略を加速させている。サービスカンパニーとしてのイメージが強いIBMだが、その強みの源泉には長年の半導体開発の経験とノウハウがある。
日本における半導体ビジネス市場
生成AIの普及にともない、AI向けの半導体開発をリードするNVIDIAは急速に成長。もはや半導体は、デジタル社会の根幹を支え、国家の安全保障をも左右する「戦略物資」と位置づけられている。米中間の技術覇権争いが激化する中、特定の国や地域に半導体供給を依存することは経済活動、さらには安全保障上の重大なリスクとなり得るだろう。
こうした状況下、日本政府は半導体産業への関与を強めている。コロナ禍での世界的な半導体不足は、自動車をはじめとする日本の基幹産業に大きな打撃を与え、サプライチェーンの脆弱性を浮き彫りにした。
この教訓から、日本政府は国内に先端半導体の生産拠点を確保し、安定的な供給網の構築を急いでいる。TSMCの誘致やラピダス(Rapidus)の設立もその一環だ。内には、世界市場で高いシェアを占める半導体製造装置メーカー、材料メーカーが多数存在する。(TSMCやラピダスを含め)これらの国内企業との連携を通じて、国内での半導体エコシステムおよびサプライチェーンの確立を目指す。
なお、ラピダスは日本の主要企業8社が出資し、日本政府、経済産業省から巨額の支援を受ける国策企業として、2022年8月に設立された。2nm以下の世界最先端ロジック半導体の開発・国産化で、経済安全保障の強化、日本の半導体産業の復権を目指している。現在、北海道千歳市に工場を建設し、2027年頃の量産開始を急ぐ形だ。
そしてIBMは、日本政府や関連企業と連携してラピダスを支援している。具体的には、2021年にIBMが世界で初めて開発に成功した2nmノードのチップ微細化技術「GAA(Gate-All-Around)」をラピダスに提供。単なる技術供与に留まらず、この2nmノード技術をラピダスの千歳工場で量産化するための共同開発パートナーシップを締結している。ラピダスでは、2025年4月初旬に試作ラインへのウェハー投入が開始された。

AI時代における、IBMの半導体開発の優位性
一般に、IBMはサービスカンパニーとの認識が強い。しかし、日本IBMで半導体事業を統括する伊藤昇氏は、「50年以上にわたり、半導体の研究開発と自社製品への実装を継続している」と話す。
事実、メインフレームのZシリーズをはじめとする自社製品には、常に最先端の半導体を搭載。製造自体は2014年に外部委託したものの、研究開発は継続している。特に米国ニューヨーク州のアルバニーでは、企業や大学と連携したエコシステムを形成、試作品の製造基盤も持つ。「研究開発を手放さなかったことが、IBMの強みとなっている」と伊藤氏。ラピダスのエンジニアもIBMの最先端研究開発拠点「アルバニー・ナノテク・コンプレックス(Albany NanoTech Complex)」へ派遣されている。

また、生成AI市場の急速な拡大には、ソフトウェア技術のみならず、GPUに代表されるハードウェアの進化も大きく貢献している。しかし、市場拡大にともないハードウェアの利用が広がるにつれて、電力消費量の増大という課題が顕在化した。そのため次世代のインフラには、消費電力を抑えるためにも省電力かつ小型化された高性能チップが不可欠だ。
この課題に対応すべく、IBMはAI処理に特化したハードウェアユニット「AIU」の開発に注力しており、その成果は最新のZシリーズにも実装されている。同社の半導体開発は、微細化の追求に留まらず、チップレット技術のように複数のチップを組み合わせることで、性能や電力効率を最適化するアプローチなども探られている状況だ。
半導体開発における優位性について伊藤氏は、「単に高性能なチップを作ることではなく、顧客のビジネスにあわせた『最適なハードウェア』を提供できる点にある」と強調する。大規模モデルの運用に高電力を要するGPUとは対照的に、IBMは小型モデル(Small Language Model)の効率的な運用に注力。推論処理をはじめ、「実際の企業利用で頻発するワークロードにAIUなどを活用することで、より低コストで低消費電力、かつ容易に実行できる環境の提供を目指す」と話す。
これは汎用的な高性能ハードウェアで市場をリードする戦略とは異なり、「具体的なAI活用のニーズ」に最適化されたソリューションを提供する、という思想に基づくものだ。半導体の進化は、大規模モデル向けのスケールアップと、エッジデバイスなどで利用可能な小型モデルへの対応という2つの方向性で進んでいるが、IBMはニーズに応じた柔軟かつオープンな環境を提供すべく、AIUの開発とともにフルスタックソリューションの開発・提供に注力していく。
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- この記事の著者
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谷川 耕一(タニカワ コウイチ)
EnterpriseZine/DB Online チーフキュレーターかつてAI、エキスパートシステムが流行っていたころに、開発エンジニアとしてIT業界に。その後UNIXの専門雑誌の編集者を経て、外資系ソフトウェアベンダーの製品マーケティング、広告、広報などの業務を経験。現在はフリーランスのITジャーナリスト...
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