データ管理を進化させる鍵は「データファブリック」と「アクティブメタデータ」
ロンサール氏は、これらの課題を克服し、AI時代に適応するための「データ管理」のあり方について、多岐にわたる提言を行う。その一つが、目的の明確化とメタデータへの投資だ。AIに取り組む前には、まず「AIで何をしたいのか」というビジネスケースを明確にすることが欠かせない。目的が定まれば、そこに至るまでのロードマップが明確になる。その上で、企業が投資すべき最優先事項の一つは「メタデータの成熟度向上」だとロンサール氏。メタデータは、将来的な変化にも柔軟に対応するための基盤となり、その整備に投資することは大きなメリットがあると指摘する。

次の提案が、パッシブメタデータから「アクティブメタデータ」への転換だ。メタデータは、単なる静的な情報(パッシブメタデータ)であってはいけない。ロンサール氏は、その重要性を「温度計」と「サーモスタット」にたとえる。ただ状況を示すだけの「温度計(パッシブメタデータ)」ではなく、状況を判断して自動で最適化する「サーモスタット(アクティブメタデータ)」のように、メタデータを積極的に活用すべきだと強調する。
具体例として、システムログなどに残るユーザーのデータ利用履歴(誰がどのテーブルを見たか、どのデータをダウンロードしたか、どのテーブルがアクセスされなかったかなど)はパッシブ情報だが、これを分析・活用することで、より“価値の高い”データを提供できるよう最適化することがアクティブメタデータだと説明する。
ユーザーの「声なき声」を聞き、データの活動と健全性を監視し、エコシステムとデータを最適化することで、価値のあるデータを見極め、優先順位をつけてロードマップを策定できるようになる。これによりデリバリー効果の向上、コスト管理の最適化、ユーザー満足度の向上につながるという。
3つ目の提案は、“AI-Ready”データの追求と、データエコシステムとデータファブリックの構築だ。AI-Readyデータとは、AIのユースケースに関連する情報源全体を代表するデータで構成され、「連結されている(Connected)」「継続的である(Continuous)」「厳選されている(Curated)」「コンテキスト対応である(Contextual)」という特性を持つ。これは一度達成すれば終わりではなく、AIモデルが実行されるたびに、その信頼性への期待を満たすために十分なレベルのデータがあるかを問い続ける必要がある。
これらの提案からも、従来のデータ管理から、AIの多様なニーズを満たすような管理手法へと進化しなければならないことがわかる。その望ましい将来像こそが「データエコシステム」だ。データエコシステムは、アナリティクスやAIなどのユースケースをサポートするための人やプロセス、テクノロジーを包括する、統合された“動的なデータ”環境を指す。なお、この環境はマルチクラウドやハイブリッドクラウドを含む、クラウドファーストでの構築を目指すこととなる。
そして、データエコシステムを具現化するためのアプローチが「データファブリック」だ。これは「ガバナンス」「インテグレーション」「可観測性」「オーギュメンテーション(アルゴリズムによる自動化)」「メタデータ基盤」という、5つのコアコンポーネントから構成される。このデータファブリックによるアプローチは、アクティブメタデータを用いてデータの利用状況を認識・分析・評価し、そのパターンを学習することで、既存のプラットフォームとテクノロジーを活用しながら、データ管理におけるタスクのタイムリーかつ適切な自動化を実現するというものだ。
また、データとAIに関するリテラシーの強化、組織文化の変革に取り組むことも求められる。企業文化の変革は、人々の行動を変えることに他ならない。AIのような確率論的なモデルは、従来の決定論的なモデルとは異なる振る舞いをすること、どれだけ最高水準の学習を経たモデルでも、5%程度のエラーが発生することを理解することが重要だとロンサール氏は強調する。そして、この5%のエラーを検知するためには、リテラシーやスキルが不可欠だ。
データリテラシーの重要性は今に始まったことではないが、データドリブンな組織を目指す中で、相関関係と因果関係を誤解するような事態も起こり得るため、一層その必要性が高まっている。加えてロンサール氏は、データ管理においては「スチュワードシップ(責任ある管理)」が重要だと話す。これは専門知識を持つ人が“AIの間違い”を見つけて修正し、その改善をAIに反映させるための仕組みのことだ。このフィードバックループを回すことで、他のユーザーがよりAIの恩恵を受けられるようになる。
AI時代を勝ち抜くため、企業が「今すぐ」始めるべきこと
ロンサール氏は、前述してきた事柄を実践に移すための具体的な提言も行ってくれた。まず、特定の課題解決に特化した「ポイントソリューション」を場当たり的に導入することは避けること。 多くのツールを導入すると、連携の手間、非効率な運用、機能やコストの重複といった問題を招き、かえってAI活用の妨げとなるからだ。
そして、今すぐ基本的な部分から着手するべきとも話す。データ分析のためのワークロードを稼働させる場合、レイクハウスを導入し、生成AIの機能が組み込まれたデータファブリックに投資することでデータエコシステムを完成させていく。
また、繰り返しとなるがAI時代のデータ管理は、技術の変革だけではない。組織の文化や人々の働き方そのものを変える必要がある。これは信頼を土台として、データ分析能力の向上と従業員の行動変容を目指す、終わりなき旅だ。企業は、この複雑かつ動的な環境を理解し、ロンサール氏が示すような指針に基づきながら、積極的かつ戦略的に「データ管理の変革」を進めることが、競争優位性を確立するための鍵となるのだろう。
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谷川 耕一(タニカワ コウイチ)
EnterpriseZine/DB Online チーフキュレーターかつてAI、エキスパートシステムが流行っていたころに、開発エンジニアとしてIT業界に。その後UNIXの専門雑誌の編集者を経て、外資系ソフトウェアベンダーの製品マーケティング、広告、広報などの業務を経験。現在はフリーランスのITジャーナリスト...
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