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週刊DBオンライン 谷川耕一

カジュアルに、あるいは裏で大きく? 広まるワトソンの利用シーン

 AI、機械学習は、今年、IT業界でもっとも流行ったキーワードといって間違いない。そんなAI、機械学習の世界を牽引している代表的なプレイヤーの1つはIBMであり、これも間違いないだろう。IBMでは人間を模倣するとの意味にもとれる「Artificial Intelligence」ではなく、認知であるコグニティブという言葉をかたくなに使ってきた。そして11月にラスベガスで開催された「World of Watson」では、IBMのAIは「Augmented Intelligence」で拡張知識のAIだとも表現した。

 ところでIBMのAIであるWatsonは、クイズ王に勝利したWatsonをベースにしたサービスだけでなく、機械学習やアナリティクスなどを含むIBMの拡張知識関連全体を表すブランドネームにもなっている。代表的なWatsonのサービスは、クラウドサービスであるBluemixの1つのメニューとしてAPI経由で容易に利用できるようになっている。こちらはかなりカジュアルにWatsonを使えるものであり、価格的にも安価なものだろう。

 一方でロボットのPepperなどの裏で動いていて、特定領域の問題解決を自然言語処理の技術も使ってこなすものもある。こちらは金融機関のコールセンター業務を人の代わりに行えるくらい賢いものであり、その実現にはそれなりの知識の学習と、学習した知識から確実に答えを導き出せるようにするロジックのチューニングなども必要になる。その実現にはIBMのコンサルティングサービスなども入って、それ相当の手間をかけることになる。コストも、大規模なSI案件くらいの規模になり、IBMのビジネス的にはこちらが主流となるのだろう。

 もちろん前者のAPI経由でカジュアルに使えるWatsonも、それが付加価値となってその他のIBMクラウドサービスの利用を顧客に促すことにはなる。とはいえこちら安価なサービスなので、爆発的なヒットでもない限り、それだけでIBMのビジネスを支えるほどの売り上げになるとは思えない。

 Watsonを顧客に直接使ってもらうサービスもあるが、IBMの各種サービスの裏でWatsonの技術を使ってサービスの価値を高める取り組みも行われている。その1つが、11月30日に説明会を行ったIBM Automationだ。IBM Automationは、サーバーなど企業のITインフラの運用を自動化するサービスだ。

 日本IBM グローバル・テクノロジー・サービス事業本部長で取締役専務執行役員のヴィヴェック・マハジャン氏は、爆発的にデータが増えてきたこともありIT環境が複雑になっていると指摘する。そもそもクラウドは、IT環境をシンプル化するものだったが、パブリックだけでなくハイブリッドクラウドの形になり、さまざまなクラウドを利用するようにもなっている。

 ヴィヴェック・マハジャン氏

 そのような複雑なIT環境を24時間365日障害なく運用するのは難しい。

 「運用が難しい中で、IT部門はどうやってイノベーションを興していけばいいのでしょうか。イノベーションを興すためのコストも体力もIT部門にはありません。ここで人を増やしてなんとかするのではなく、コグニティブ、AIを使って自動化すべきです」(マハジャン氏)。

 「人がITを運用する」世界から、「ITが自動的にサービスをし続ける」世界へ変える。それを実現するのがIBM Automationと言うわけだ。

 「ビッグデータを分析して自動的に運用管理のプロセスを回します。ITが自動的にサービスを続けるのです。5年前にはこれはあり得ないことでした。コグニティブを活用すれば、こういうことができるようになるのです」(マハジャン氏)

 自動化は他のベンダーも主張するが、なぜIBMの自動化なのか。IBMの自動化のどこが優れているのか。IBMにはアウトソーシングのサービスで実際に運用しているITインフラが世界中にあり、その規模は40万台を超えている。まずは、それらから得られる膨大なログ等のデータが活用できる。

 さらにデータを分析するIBMリサーチの体制があり、IBM製品だけでなくマルチベンダーでやっている強みもあるとマハジャン氏は指摘する。そして「それに加え、IBMにはWatsonがあります」と言う。アウトソーシング、コグニティブ、リサーチを合わせて提供できるのがIBMメリットとなっているのだ。

 実際にIBM Automationを活用して、とある金融機関では50%以上のオペレーション時間を短縮した例もあるとのこと。他にも製造業では夜間無人運用を実現している企業もあり、15%の要員削減を行った企業もある。

 発表会では、Watsonを活用した自動化のオペレーションのデモンストレーションも紹介された。セキュリティアラートが発生すると、クラウド経由でスマートフォンにWatsonが電話をかけ、障害内容のアラートを自然言語で読み上げる。それを聞いた担当者は対処方法を判断し、Watsonに指示を出す。そうすると以降の障害への対処をWatsonが自動実行するのだ。これら一連の障害対応についてチケットが発行され、障害管理の仕組みに登録される。必要があれば、そこから別途詳細に調査するという流れまでを自動化できるのだ。

 現状のIBM Automationは、このようにIT環境の運用管理部分を自動化するためのものだ。将来的にはWatsonなどを活用して、DevOpsの領域の自動化についても視野に入っているとのことだ。このようにIBMが自社のサービスの裏でWatsonを活用し始めれば、彼らの製品やサービスの価値はかなり上がるだろう。Watsonを売るだけでなく、Watsonの価値を既存サービスに加えるといったことがどんどん進めば、足踏み状態だったIBMの業績回復も早まることになるのではないだろうか。そのためにも、現実的な「拡張知識」で人間の日々の作業なりを確実に自動化できるリアリティーの高いWatsonが望まれるだろう。

 

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この記事の著者

谷川 耕一(タニカワ コウイチ)

EnterpriseZine/DB Online チーフキュレーターかつてAI、エキスパートシステムが流行っていたころに、開発エンジニアとしてIT業界に。その後UNIXの専門雑誌の編集者を経て、外資系ソフトウェアベンダーの製品マーケティング、広告、広報などの業務を経験。現在はフリーランスのITジャーナリスト...

※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です

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