現在、多くの企業で顧客との良好な関係を維持するために、企業の顧客情報活用や分析が重視されてきている。その中心にあるのがリテンション、つまり顧客維持のための政策だ。ただ、消費者の情報入手、発信手段が急拡大していることなどを背景に、企業のリテンション政策には様々な課題が浮上している。そこで維持すべき顧客と離れてもいい顧客の見極め方、ポイントプログラムの問題点などを論じ、リテンション政策の今日的課題について考察する。
リテンション政策におけるコストの考え方
競争時代を生き抜くための、企業の情報活用戦略
~リテンション政策の今日的課題(前編)はこちら
リテンション政策にはさらにもう1つ課題がある。リテンションコストの問題だ。ここでは広く導入されているポイントプログラムに絞って論じてみたい。ポイントプログラムは将来の割引を受けられる機会を提供することで顧客のリピートを促す仕組みであり、「貯めないと損をする」という「機会コスト」を高めるスイッチングコストの一種である。ただし、スイッチによって新たなコストが生じるわけではないので、新たな投資などを必要とするというものとは違って不満にはつながらない。
経済産業省の調査(2007年)によれば、40%以上の人が購入の際にポイントを意識している一方、元々の値段が高い場合にはポイント効果は小さいことがわかっている。現在の最大の問題点は、ポイントサービスが氾濫していることだろう。野村総研などの調査(2005年)では、消費者の43%が総合スーパーのポイントカードを持っており、所有枚数も15枚(女性は19 枚)だった。つまり1 人の消費者が、競合他社を含む数多くのカードを持っている状況なのだ。
実際、ポイントサービスは大きなコストがかかるため、廃止された事例も出ている。ユニクロは8%割引に相当するポイントサービスを提供していたが、コスト的に見合わないということで2002 年に廃止した。5%の割引相当だったジョナサンも同じ年に廃止している。ジョナサンの場合、データ管理費が年3000 万円、還元費用が年3 億円だったいう。
これらの廃止例は、ポイントサービスは費用がかかる割に集客効果がなかったという判断に基づくものである。両社とも結構バリューの評価が高い会社だ。この場合、ポイントサービスがなくてもリテンションは十分可能なのである。ポイントは製品のバリューとは関係がないため、バリューに対する顧客ロイヤルティを向上させるわけではない。家電量販店で言えば、ポイントの高さで店員の応対や展示に対する満足度が変わるものではない。リテンションの基本はバリューで囲い込むことであり、ポイントサービスはバリューを高めるわけではないことに注意が必要である。
マクドナルドは2002年、本格的なCRMとして「エブリデイ・マック」構想を発表した。会員カードを発行して割引をするのだが、それだけではコスト的に見合わないため、会員向けに衣料品や菓子類の通販をしようと考えた。店舗に通販の情報誌を置き、携帯電話やパソコンで発注してもらう仕組みを作った。
しかし会員カードはそれなりに発行されたが、コストに見合うだけの通販の売上が伸びず、1年ほどでこのサービスは廃止された。元々、ハンバーガー(マクドナルドのバリュー)を求めて来店した顧客に、通販で他のもの(マクドナルドのバリューではない)を売るという構想自体に無理があったと考えられる。
しかし2008年、マクドナルドはCRMを再構築した。おサイフケータイを使う「かざすクーポン」というサービスだ。これは会員カードを発行しないので、発行コストがかからないし、店舗の方もレジにつながるリーダーを置けばいいだけなので、2002年のときよりもずっとコストが安いものとなった。技術の進歩により低コストが実現し、リテンション政策のコストが効果と見合うようになった例と言える。
ポイントカードを数多く持つ人への対策については現在、ポイントの交換システムが発達してきている。中心は航空会社のマイレージポイントで、JALとANAの2つの陣営に分かれる形になっている。ただこの流れは、ポイントによる囲い込みということから言うと、原理に反しているとも言える。
自社で出したポイントは自社で使われるのが理想ではあるが、例えばイオンで発行したポイントを顧客がJALマイレージに替えると、イオンはJALからマイレージを購入しなければならない。つまり、自社での購入に直接ポイントが使われないので、費用が高くなる。それでもポイント交換に対応しているのは、自社カードをスリープ(退蔵)させないことが最大の焦点になっているためである。