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「AI旋風」からは逃げられない、ガートナーアナリストが語った2025年からの戦略的展望


量子コンピューティングと量子暗号にも要注目

 アロン氏は、「AI以外では、暗号技術との関連で、量子コンピューティングに注目している」と付け加えた。数年前から指摘されるようになった「Harvest Now, Decrypt Later(HNDL)」という言葉が示すように、量子コンピューティングが実用化した後にHNDL攻撃を受けると、今は安全に保護されている情報を守れなくなってしまう。ハッカーは今やろうとすると膨大な時間がかかるのでやらないだけで、大事な情報を奪われること自体が将来のリスクになってしまう。

 量子コンピューターが実用化されてから、量子暗号技術を導入しても遅い。たとえば、自分のルーツを調べるサービスを展開しているAncestory.comでは、ユーザーのDNA情報を収集している。このDNA情報は暗号技術で保護されているが、仮に今HNDL攻撃の対象にされたらどうなるか。企業は自社の情報資産を洗い出し、HNDL攻撃のリスクに今から備えなくてはならない。

 さらに、トップ10が予測する時期に着目すると、9番の中間管理職の廃止のように、実現時期が早いものが含まれているとわかる。アロン氏は、「いずれもかなりアグレッシブな予測だが、9番は特にその傾向が強い。今はAIが多くの人たちの頭の多くの部分を支配している。若い人たちはAIエンジニアになりたいと考えているが、5年後にはその職業が陳腐化しているかもしれない。他のことも考えるべきだ」と述べた。

 この流れで、アロン氏は新しい研究分野「デジタル人類学」の考え方を紹介してくれた。人類学とは、人類という種を対象に、言語や社会的慣習などからどのように進化したかを研究する学問だ。これを応用し、デジタルテクノロジーが人間の生活や社会に及ぼす影響を探る学問分野にデジタル人類学がある。アロン氏によれば、デジタル人類学では、「テクノロジーへの期待が高まるにつれて、コミュニケーション相手への期待が低くなる」という主張があるという。

 たとえば、スマホのような連絡手段がなかった時代、「土曜日の朝9時に○○で会おうね」と約束したとする。もし、約束の時間、約束の場所に相手がいなかったとしたら、待つことしかできなかったはずだ。ところが今は違う。デジタルのコミュニケーション手段を確認すれば、状況の変化に対応できてしまう。その分、ミスをすると腹が立つ程度に、コンピューターが与えてくれる情報を信頼しているとも言える。

 これからAIがもっと普及するとどうなるか。AIは今まで以上に個人の健康状態や気分を理解する存在になるだろう。そうなると、人間のコミュニケーションや行動様式も変わってくる。アロン氏は、「すでにざっくりとは理解しているかもしれないが、詳細に調べると、これからのAIが私たちにもたらす影響には、多くのものがあるとわかる」と語った。

日本企業への提言、「出る杭」チームを作る

 今回のトップ10がアグレッシブになったことを踏まえ、それぞれの実現にブレーキをかけるものはあるかを聞いてみた。アロン氏が挙げてくれたのは3つある。まず、「組織のカルチャー」である。組織も中にいる人々も、急には物事を変えられない。次に考えられるのが「ハイプ(誇大広告)」だ。今、ブロックチェーンやメタバースが話題になることはほとんどない。AIも同じ道を辿る可能性はゼロではない。そして3つ目に経済や地政学的要因がある。現在の社会情勢は、イノベーションを生み出すアイデアを考える余裕を奪うような不安定さを示している。投資には積極的になれない経済環境だ。

 少なくとも、コロナ禍に見舞われる前の世界は、試行錯誤を行いやすい環境にあった。アロン氏は「今の企業は、良い複雑さと悪い複雑さの両方を抱えている。もっとシンプルにして、早く動けるようにしなければならない。たとえば、部門ごとに違うERPを運用していないか。それでは変化にスピーディに対応できない。アジリティのために、企業にも断捨離で身軽になるべきだ」と訴えた。

 さらに、2003年にニコラス・カーがHarvard Business Reviewに論文「IT Doesn't Matter」を発表した時を振り返り、「その当時もITが注目されていたが、『単に新しいものが生活の中に入り込んだに過ぎない』という主張だった。今は誰もそうは考えない。デジタルイノベーションを競合との差別化の源泉と考えている。だから、日本企業にはもっとイノベーティブになってほしいと思う」と続けた。

 ガートナーは10年前に「バイモーダルIT」という言葉を提唱した。これを踏まえて、「どの企業組織にも侍と忍者の両方が必要だ。侍はルールを守る人たち、忍者はルールを破る人たち。大部分の人たちが侍でも、少しは忍者がいてもいい」と述べた。「ルールを破る」と聞くと、規範意識の強い日本人はギョッとするかもしれないが、いわゆる「出る杭」になることだと考えるとわかりやすい。完全に境界から出てしまうのではなく、境界があるという意識を持ってテクノロジーを使うこと。そして、小さなチームでもいいので、出る杭チームを作り、実験を行うこと。それがイノベーティブな組織への一歩になりそうだ。

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この記事の著者

冨永 裕子(トミナガ ユウコ)

 IT調査会社(ITR、IDC Japan)で、エンタープライズIT分野におけるソフトウエアの調査プロジェクトを担当する。その傍らITコンサルタントとして、ユーザー企業を対象としたITマネジメント領域を中心としたコンサルティングプロジェクトを経験。現在はフリーランスのITアナリスト兼ITコンサルタン...

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