ハンコ文化をそのままデジタル化へ移行するのはDXではない
押久保:実現手段についてもう少しお話を聞かせてください。アドビさんは共通のプラットフォームを提供していますが、企業が電子契約サービスや電子署名(※)を導入するにあたり、最初に考えるべきことはなんでしょうか。
※電子契約に関する質問 「電子署名」と「電子サイン」の違いはなんでしょうか?
神谷氏:元々の業務が紙ベースの場合、どこを電子化するかをまず考えないといけません。ハンコやサインを電子化するというソリューションもありますが、それは最後の承認部分のみの話です。その前に全体のドキュメントを電子化する必要がありますが、たとえばそのドキュメントが600ページあるものであれば……スマホで閲覧は困難ですよね? そのため電子化における企画・設計が重要になります。
岩下氏:これまでのハンコと同じ感覚で電子署名を使うのは実は難しい。日本では書類を読んだらハンコを押す、という習慣もありますが、これってそもそも本当に必要でしょうか? ハンコを押すと「やった」感はありますが、改ざんや未承認を防ぐためであれば、電子署名のほうがセキュリティ的にも安心です。
ただ、今までのハンコと同じようにすべての書類に対して電子署名を付与すると、作業負担はむしろ重くなります。電子化をきっかけとして、業務に必要なものと不要なもの、大事なものとそうでないものと仕分けする必要がありそうです。
押久保:それを考えるのが面倒だから、すべてにハンコを押すというよくない風潮もありますね。
岩下氏:そうですね(笑)。ハンコを押すことは本当は面倒くさいことなのです。だからこそ、それは大事な書類でもあるはずなのですが、今はとりあえずハンコを押すという風潮になってしまっていた。見直すべきだと思います。
押久保:電子契約サービスには日本にもいろいろなクラウドサービスが増えています。その先に共通のフォーマットが出来上がっていくのでしょうか。
神谷氏:それはとても難しい質問ですね。海外だと弊社のAdobe Signのシェアが高い。日本にも外資および多くの国内競合他社がおり、競争は激しい分野でありますが、私たちアドビは歓迎です。なぜなら国ごとに法律や制度が異なり、私たちが即時即応できないことも多々あるからです。社会が良くなるのであれば、それは私たちも支持したい。
その結果、一つのフォーマットで統一されることはないのかもしれません。でも、それでいいのです。アドビとしての強みを言わせてもらえれば、何の上にサインをするか? となると、やはり紙に置き換えることができる共通のフォーマットは、私たちが開発し提唱しているPDFになると思っています。
押久保:各国のローカライズは、各国で成長していけばいいということでしょうか?
神谷氏:はい。さらに電子契約サービスはそれだけで使用できるわけではなく、グループウェアに紐付いているものが多いです。それぞれの相性があるから、私たちとしては、お客様の使っている既存のシステムの中でアドオンとして使われるような仕組みを作りたいと思っています。
岩下氏:会社の登記書類を電子署名で持っていっても、登記所の人は対応できませんよね。なぜなら確認のしようがないからです。だから今はハンコが必要となりますが、それが問題です。私はデジタル化が進み、議論が起きればいいと思っています。世間では電子署名を使っているのに、なぜ国との間では使えないのかという議論。これが大事です。そもそもハンコを押すという慣習自体が明治以降にできたものなので、社会の変化で変わっていくはずなのだから——。
神谷氏:岩下先生、どんどん進めてほしいです(笑)。
押久保:お願いします!
岩下氏:いやいや、これは官や学だけでなく民も一斉に変わっていくことなので、お二人もお願いします(笑)。行政については、各省庁も電子化が遅れているとは言われたくないのです。げんに河野大臣がやめますと言ったら、みんなわかりましたって言ったでしょう。誰かが言えば、変わることはできるのです。